パプア・ニューギニアとケープ・ヨーク半島の間にあるTorres海峡の島々の最も古いカセット音源。
■トレス海峡の島々の伝統音楽
■注 意
■ライナーの翻訳と解説
このテープにはディジュリドゥは入っていないが、Torres海峡にある島々を中心に、その南に位置する北部オーストラリアのCape York半島と、Torres海峡北部に位置する西パプア・ニューギニアの1960-61年のシャーマニックでディープな貴重な60年代初頭の録音が収録されている。
「Torres Strait」とはオーストラリア北部のCape Yorkからパプア・ニューギニアの南岸に渡る約150kmの海峡を指す。そこには100以上の島があり、約6,000人のアボリジナルとTorres海峡の島民が住んでいる。近年この地域では伝統音楽はすたれてきており、伝統的スタイルでの新しい楽曲はあったとしても非常に少ないだろう。しかしここに収録されているような古い歌は新しい世代に引き継がれている。
この地域の音楽はオーストラリアに分類されるよりも、よりパプア・ニューギニア的、もしくはTorres海峡の島々のアイランダー的な音楽で、近接するCape York(北部クイーンズランド州)では、この地域の音楽の影響を色濃く受けている。また、白人の入植後に食料などを運ぶ補給船が、Brisbaneから北上し、Torres海峡にあるThursday島を経由して西へと向かう事から、ヨーロッパ音楽の影響を受けたギターやウクレレの伴奏をともなう「Island Style」と一般的に呼ばれる歌が、Cape Yorkをはじめ沿岸部のアボリジナルの人々に強い影響を与えている。
この地域では最も古い60年代の録音であるこのカセットはその貴重性が高く、現在では既に失われてしまった歌も収録されている。ジャケットを見ればわかるが、仮面や植物の葉で作ったスカートを身にまとったダンサー達が一列になって踊ったりと、全体的にシャーマニックな雰囲気とアイランダーらしいどこか底抜けに明るい雰囲気がただよう音楽である。
下記はジャケットに録音者のJeremy Beckett自身によって書かれた「トレス海峡の島々の伝統音楽」と「注意」の翻訳です。
■トレス海峡の島々の伝統音楽
このテープ『Traditional Music of Torres Strait』は、いわゆる現代の「アイランド・ミュージック」と混同されるものではない。「アイランド・ミュージック」と呼ばれる音楽は、Torres海峡の島々独特のものだが、100年以上にわたる外国人との接触によってもたらされたヨーロッパとポリネシアの強い影響が見られる。最近では伝統的な音楽はほどんど聞かれる事がなく、たとえ伝統的な音楽スタイルで創られた新しい曲があったとしても、数えるほどだけだろう。しかしながら、古い曲が新しい世代へといまだ伝えられており、時々演奏される。
フルートとパン・パイプ(長短のアシなどの管を長さの順に並べた原始的な楽器)を使った音楽も、Torres海峡の島々の音楽レパートリーの一部だが、その主要な構成要素は歌である。歌の伴奏には細長い砂時計型のパプアのドラムと、サヤのついた種をガチャガチャと鳴らす音などその他のパーカッション的なものが使われることがある。ギターはもちろん現代になって入ってきた楽器で、伝統音楽には使われない。
音楽は、公私にわたって、そして宗教、非宗教的な島の生活全てに浸透している。ある人はジュゴンが来るのを待っている時、あるいは庭を作っている時に作曲するかもしれない。おそらく、最も一般的に歌が歌われるのは、東Torres海峡の言葉で「Kab Kar(正式な踊り)」、西Torres海峡の言葉で「Lagau Kab(ホーム・ダンス)」という名で知られるダンスを伴奏するときである。音楽とその踊りが神聖な儀式の中核をなす時には、魔術的な呪文が小声で歌われることがある。Murray島の「Malu-Bomai」の儀式の歌は、その劇的な特性と古代性の点から、ここに収録されている音源のなかでも特に興味深い。
Torres海峡の島々の伝統文化は、オーストラリアのアボリジナル以上に南パプアの影響を受けている。Trans-Fly地域とLockhart Riverコミュニティのいくつかの曲にみられるように、それは音楽においても同様である。Prince of Wales島の音楽だけが、オーストラリアの音楽と類似性が見られる。『Traditional Music of Torres Strait』のブックレットに音楽的分析と歌詞の書写しを寄稿していただいたTrevor Jonesによれば、「Malu-Bomai」ソング(A面トラック2-3)における微分音的なむせびなく声以外は、5音階のいくつかの形式がこの地域の音楽に顕著である。最も一般的な声の音域は、11度あるいは12度の最大音域、そして5-7度あるいは時にオクターブ上の狭い音域がある長音階の9度である。概して、歌詞にマイナー・チェンジがある時にだけ、歌のメロディーは、反復構造であるのに十分なだけ数回繰り替えされる。
この録音は、Torres海峡の島々で1960-61年にAustralian National大学の民族学部の協力をえて行われた。Torres海峡の島々の人々とそれぞれの島の評議員のみなさんの助力に感謝いたします。
Jeremy Beckett
■注 意
ここに収録されている歌をアボリジナルの人々の前でかける時には慎重にしていただきたい。今はもう亡くなっているシンガーの録音された声を聞くことはその親類縁者にとって心を痛めることになることがある。男性限定の歌と女性限定の歌の場合は、そこに男女入り交じったアボリジニジナルの聴衆がいない事、もしくは子供のアボリジナルがいないことを確かめるようにおすすめします。加えて、特定の儀式の歌は他のアボリジナルのグループ以上に、そのグループにとっては重要な意味があるということがあります。一般原則として、録音された歌というものは、どんなアボリジナルのコミュニティーでもまず最初に年長の人々のグループに聞かせるべきである。そして、ほかの人に聞かせる前に彼等にその許可を求めるとよいだろう。
このカセットのジャケットには各曲解説が無く、タイトル / 録音年 / 録音地の情報のみが掲載されているため、その音の内容を推し量る事は難しい。ここでは、単に音楽的な響きのみを主観的な視点からとらえた簡潔なレビューに加えて、ユネスコのカセット3本組み『Instrumental Music of Asia and the Pacific Series』に附随している小冊子に掲載されていた英文での楽器の説明を転載しています。レビュー部分でなされている言及は推測の域を超えるものではないという事をご了承下さい。
■ライナーの翻訳と解説
SIDE 1 : MURRAY ISLAND 1960
1. Secular Dance Songs and Preludes|2. Songs
of Malu-Bombai Dances|3. Songs of Malu-Bombai Cult
SIDE 2 : SAIBAI, DARNLEY AND HAMMOND ISLANDS, WESTERN
PAPUA AND CAPE YORK 1961
4. Saibai Secular Dance Songs|5. Darnley (a).
Notched Flute|5(b). Pan Pipes|5(c). String
Figure Songs and Jingles|6. Hammond Island, Western Papua, Cape York(Australia)|6(a).
Hammond Island Secular Dance Song|6(b-c). Western Papua
Secular Dance Songs|6(d). Cape York Ceremonial Dance Songs
※曲名をクリックするとその曲の解説へ飛びます。
SIDE 1 : MURRAY ISLAND 1960
Murray(Mer)島は海峡の真ん中の一番東側に位置する島。ここに収録されている「Malu-Bomai」儀式の歌は古代から伝わるもので、そのすばらしい内容からもこのカセットの中でも最も注目すべき録音だ。
メトロノームのようにミドルテンポの4分を打つ1台のタイコのみが歌の伴奏に使われており、男性リード・シンガーとユニゾン、もしくは追い掛けるように微妙に遅れて複数の男性シンガーがリード・シンガーをフォローしている。シャーマンの音楽のように一定のテンポで鳴らし続けられる太鼓の音に、長くのばして切れ目なく歌われるメロディーは日本人にも親しみやすいだろう。
Torres海峡の島々にみられる片面ドラムは、長さ80cm、直径25cm以内のサイズである事がおおく、空洞になった丸太にヘビ皮が使用され、片手の手のひらを広げてたたかれる。パプア・ニューギニアから入ってきたドラムとは違って、Torres海峡の島々のドラムは両端が据え広がりになるように削られている。儀式に使用されるドラムは固有の名前を持ち、Murray島の「Malu-Bomai」儀式で使われるドラムはWasikorと呼ばれている。
-『Instrumental Music of Asia and the Pacific Series 2-2』より- |
歌のメロディーから、ここに紹介されている音楽がオーストラリア文化圏のものではなく、むしろインドネシアやパプアの影響を強く受けている事がはっきりと感じられる。現在では失われてしまったのではないかと言われているこの地の伝統的な歌唱の'60年録音というテープ録音初期の音源は、歴史的、学術的価値もさることながら、琉球音楽にも通じるような長い息で歌われるそのメロディが美しい。
1. Secular Dance Songs and Preludes
トラック1の「非宗教的なダンス・ソングと前奏曲」のメロディーは、どこかもの悲しい雰囲気が漂うが、同時にほがらかなのんびりとした印象も受ける。
2. Songs of Malu-Bombai Dances
トラック2の「Malu-Bombaiダンスの歌」では、歌いはじめの部分で、よりリード・シンガーを追って歌っているのがわかる。早いテンポの曲もあり、この歌に合わせてどのような踊りが踊られるのか興味をそそられる。
3. Songs of Malu-Bombai Cul
トラック3の「Malu-Bombai儀式の歌」では、「Yo〜o」や「Uh〜u」などとコブシの効いた長くのばした母音の音節が多用されており、その長くのばした部分以外は割りに早い口調で歌われているのが印象的である。また曲そのもがゆったりとしたテンポで、音節ごとに段階的に下降していく「Wei, Wei, Wei,.....」や「Marere, Marere, Marere,....」といった呪文的なフレーズに非常に怪し気なものを感じずにはいられない。
SIDE 2 : SAIBAI, DARNLEY AND HAMMOND ISLANDS, WESTERN PAPUA AND CAPE YORK 1961
Saibai島は、もうほとんどパプアニューギニアに接している程に近く、Darnley(Erub)島はMurray島より北に位置し、Hammond島はCape Yorkから近いオーストラリア側の島である。
4. Saibai Secular Dance Songs
1台の太鼓の伴奏をともなったSaibai島の非宗教的なダンス・ソング。トラック1-3のMurray島同様に太鼓は同じテンポでメトロノームのようにたたき続け、男性リード・シンガーに加えて、複数の男性シンガー達が歌っているが、一番の違いはSaibai島の歌ではシンガー達がハーモニーになるように歌っており、より力強く、勇ましい、重厚な印象を受ける。
後半では、男女混成で非常にメロディックで耳について離れない、思わず一緒に口ずさんでしまうような歌が1曲収録されており、このカセットの中でも最もポップな曲だと個人的には感じる。
5. Darnley
a). Notched Flute
Darnley島のNotche Flute(刻みをいれた笛)の独奏。尺八のような音に近い笛の音色にあやしげなメロディーを演奏している。
「Notched Fluteは長さ45cm、直径1.9cmの竹でできており、竹の節目は一番下に残してあり、それぞれの節目には小さな穴があけてある。そして軸の一番下には2.5cm程離れて2つの穴があけてある。一番上は完全に穴が空いていて、そこにはV型の切り込みがいれてあり、演奏者は軸についている穴を指でふさいだり、開いたりしながら、そのV型の切れ込みに息を吹き込む。」 -『Instrumental Music of Asia and the Pacific Series 2-2』より- |
5(b). Pan Pipes
男性のメトロノームのように一定に4分(音符)で入り続けるかけ声とパン・パイプの笛のリズミックな8分が素朴なメロディーをきざんでいる。複数の音程の違う筒を吹くという演奏方法から必然的に持続音はなく、よりリズミックな演奏になっている。おそらく一人の演奏者が声と笛を同時に演奏していると思われる。
「Panpipeはそれぞれ違った長さに切った竹の筒を5、6、7本のどれかのセットにして大きいバナナの葉で作ったヒモで一緒に結び付けられている。それぞれ最も近接したオープンな吹き口を吹いて音が出され、それぞれの音の前にプゥとなる音がこの楽器の演奏の特徴である。」
ー『Instrumental Music of Asia and the Pacific Series 2-2』のライナーよりー |
5(c). String Figure Songs and Jingles
伴奏楽器をともなわない男性シンガーによる独唱
6. Hammond Island, Western Papua, Cape York(Australia)
(a). Hammond Island Secular Dance Song
板をトントンとたたくような音を伴奏に男性シンガーが、非常に力の抜けたやわらかなリラックスした歌声で独唱している。
6(b-c). Western Papua Secular Dance
Songs
1台の太鼓の伴奏をともなった2〜3人の男性シンガー達による歌。リズムはユニゾンしているが、そのメロディーは同じではなく、ハーモニーになるように歌われている。
6(d). Cape York Ceremonial Dance Songs
Cape Yorkはオーストラリアのクイーンズランド州北部の半島で、Torres海峡の南側の入り口に位置するその場所がらから、Torres海峡の島々の音楽に非常に強い影響を受けている。例えば、オーストラリアのどの地域でも、伝統的に太鼓は使われないが、Cape Yorkでは砂時計型の「Poi」と呼ばれる片面太鼓が使われる。
「東クイーンズランド州の片面ドラム。ものによってサイズと形状は異なるが、長さ72cm、幅24cmを超えるサイズのものは少ない。空洞になった丸太(たまに竹が使われる)の大きな口の面にトカゲかヘビの皮をワイヤーか籐で巻き付けられる。片手の手のひらを広げてたたかれる。」 ー『Instrumental Music of Asia and the Pacific Series 2-2』のライナーよりー |
「トカゲやワラビーの皮を使ったドラムは、空洞になった短い丸太の一方にその皮を接着剤でとめられているか、ワイヤーか籐の輪でとめているかのどちらかである。ドラムは片手で持ち、もう一方の手で打ち鳴らされる。」 ー『Instrumental Music of Asia and the Pacific Series 2-3』のライナーよりー |
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