ディジュリドゥ・ソロや、雨乞いの歌、成人の儀式などを収録したAlice M. Moyle博士が集めたユネスコ・コレクション。LP/CDともに廃盤。
■アボリジナル音楽の概要(Alice M. Moyle博士の文章の翻訳)
■ライナーの翻訳と解説
このLP『Aboriginal Music from Australia』は'70年代に「Unesco Collection
MUSICAL SOURCES」というシリーズで発売されその後廃盤となり、'92年に『Australian Aboriginal Music』(D 8040)という別タイトルでユネスコからジャケ違いでCD化されたが、現在ではCDもLPもともに廃盤になっている。『SONGS
FROM THE NORTHERN TERRITORY』シリーズで著明なAlice M. Moyle博士による録音です。
前半にはオーストラリア中央砂漠地域の神聖さを猛烈に感じさせる雨のドリーミングと、成人の儀式の録音(ディジュリドゥなし)とWANGGAスタイルのディジュリドゥの伴奏をともなったキンバリーの雨乞いの歌が収録されている。そして後半には、東アーネム・ランドのディジュリドゥ・マエストロMagunの伴奏によるブロルガ・ソング、北東アーネム・ランドのDjapuクランのディープでダイナミックなディジュリドゥの伴奏とソロ、そしてGroote Eylandtのリラックスしていながらもリズミックなディジュリドゥの伴奏という盛り沢山の内容になっている。しかもディジュリドゥの音量はでかめで、ユネスコのセレクションだけに録音内容がどれもすばらしい。
ライナーは付属しておらず、LPのバックジャケットに細かい文字で詳細に渡ってアボリジナル音楽の説明と各トラックの解説が掲載されている。録音者のAlice Molye博士は、学術的なアプローチで状況的説明を中心に各曲を解説しているため、ライナーの翻訳部分は非常に難解な内容になっている。
■アボリジナル音楽の概要(Alice M. Moyle博士の文章の翻訳)
録音当時に友好的に録音に協力していただいたアボリジナルの人々に感謝いたします。このレコードの収録時間の制限のために、数多くの言語グループの人々による音楽が省略されており、ここに収録されている音源はその一部です。順に、Walbiri(Side1 : 1-4)、Wunambul(Side1 : 1-5)、Worora(Side1 : 6)、Garadjari(Side1 : 7)、Wogadj(Side2 : 1)、Nunggubuyu(Side2 : 3)、Djapu(Side2 : 4)、Enindilyagwa(Side2 : 5)の各言語グループの音楽が収録されています。B面の2曲目と5曲目(aとbのみ)は、メルボルンのMonash大学による撮影探険で録音された物の一部です。
カバー写真の使用許可をいただいたC.P. Mountford博士とオーストラリア情報局、そして特に、ここに収録されているフィールド録音のLP化の許可をしていただいたAustralian Institute of Aboriginal Studies(現AIATSIS)に感謝いたします。
オーストラリア人(アボリジナル)の起源は我々と同じ人類の系図に由来しているか、あるいは今だ解かれていないが2種類以上の放浪していた種族のどちらかではないかと考えられている。少なくとも4万年前からオーストラリアに人類がいたと言われており、彼等はアジア方面から南方の島々へと漂流してきたのではないかと考えられている。そして、海面が低かった氷河期に陸路で旅してきたのではないだろうか。
その放浪者の子孫達が「ニュー・ギニア」から「オーストラリア」、そして「タスマニア」へと進んで行ったにちがいない。海面が上昇し、現在みられるような海岸線が現れると、孤立し移動がむずかしくなったグループもあっただろう。オーストラリア本土のグループの多くは、川、山、岩だらけの崖、そして砂漠などの自然の障害物のためにある特定のエリア内にとどまることとなる。狩猟をし、拾集し、釣りを行える場所の権利がオーストラリアの所々で強く主張され、主要な部族的なグループ間で、互いの文化的かつ生態的な相違点が長年に渡って育まれてきたのだ。
オーストラリア東海岸にキャプテン・クックが到着した後に、ヨーロッパ人によるオーストラリアの探険がはじまると、こういったアボリジナルのグループ間の相違が注目されるようになった。また、様々な部族内の儀式の習慣と、遠隔地との交易によってアボリジナルのグループが互いに結びついているという事がさらに明らかになった。
最近では、なんらかの方法で200以上の言語グループに名称がつけられ、区別されている。彼等の音楽もまた地域ごとに著しく異なっており、言語同様に中央・西砂漠地域よりも熱帯の北部地域の方がその音楽により幅広いバラエティが見られる。
儀式にはイニシエーション(通過儀礼)や成人に関するものと、死にまつわるものの2種類がある。一般的な音楽の役割にも部族グループ間の社会的結束を強める歌と、特定のグループとそのグループの土地の同一性を表す歌の2種類がある。アボリジナルの音楽が果たす働きは、全て神話や、信仰体系、そして特定地域のグループの儀式的複合体になんらかの形で関係している。
アボリジナルの信仰によれば、「ドリームタイム」と呼ばれる太古に超自然的存在が砂漠地域を通る道を定め、自分自身をその土地風景の特徴などの物体へと変化させながら旅をした。このような存在のスピリットは全てに浸透し、そしてスピリットが導く儀式と歌が社会的な霊のパワーを維持するために執り行われるのである。霊的な階層は数多くの「トーテム」あるいは「ドリーミング」からなり、それらには集合的に再び大地を食べ物で満たす、特に豊穰をもたらす雨を降らすという責務がある。
アボリジナルの若者の多くは読み書きができ、給料をもらって働いている。中央・西砂漠地域とオーストラリア北部の遠隔地では、若者達がいまだ部族の法に従ってイニシエ−ションを受け、それぞれの儀式的地位にふさわしい歌の演奏に参加し、グループの一員となっている。長きに渡ってヨーロッパ人との接触が続いている地域では、より若い「ヨ−ロッパ化した世代」に受け継がれるべき部族的な知識がほとんど無い、あるいは全く無い。オーストラリアの東部、南東部、南西部では、ほぼ100年の間、伝統的な儀式や儀礼が行われていない。
基本的にアボリジナル音楽は声楽で、特権的に男性の手にある。このレコードの1曲目のRain Dreamingの歌で聞かれるような、歌に呼応したかけ声など、女性はより大きな儀式の一部でその役割を果たす。オーストラリアの一部地域では、特定の女性グループが、恋の魔法の儀式を行ったり、むせび泣く歌や死を悼む歌などを歌う。
集団的な(一部ポリフォニー的な)歌唱は砂漠地域に見られ、一人、ないしは2-3人以下での歌唱はノーザン・テリトリー州アーネム・ランド、クィ−ンズランド州Cape York、西オーストラリア州北部のキンバリーで聞かれる。クィーンズランド州北部のCape Yorkの集団歌唱には、オーストラリア本土の伝統的な音楽とは違った、南大平洋のポリフォニーの歌唱スタイルに影響を受けているものがある。
アボリジナル音楽の地域差は、声域や声の質、声域の中で使われる音程の数、歌詞と曲調の関係、そして歌の伴奏をする楽器のタイプなどにもあらわれる。
アボリジナルの楽器は、主に木材で簡単に作られる。特別な儀式で単体で鳴らされる楽器(Bullroarerなど)もあるが、大半の楽器が歌唱の全体を通じてシンガー自身によって演奏される。様々な形やサイズのクラップスティックと、ブーメラン・クラップスティックが広く使われている。シンガーが出す声以外のその他の音といえば、重たいスティックを地面に打つ音(A面/Track1)、女性が膝をたたく音(A面/Track6)、刻みを入れたスティックをこする音(A面/Track7)などがある。
B面のTrack1-2と4-5では、「木製のトランペット」ディジュリドゥの音を聞くことができます。伝統的にディジュリドゥそれだけで演奏されることは無く、スティックを打ち鳴らすシンガー、あるいはそのグループと共に演奏される。腕の良いディジュリドゥ奏者は、歌に自分の伴奏を調和させるように演奏する。Carpentaria湾の東側と砂漠のグループの人々は、伝統的にこの楽器を歌の伴奏に使うことはない。
伝統的な歌とそれにまつわる踊りには、全ての人が見聞きしても良いオープンで公的なものと、イニシエーションを受けた男性だけが参加できる秘密的で非公開のものがある。女性だけが参加する小さな儀式もあり、大きな儀式は男性が執り行い、そのメイン部分はコミュニティ全体の代表の男達が執り行う。このレコードに収録されている内容は全て、オープンなもので女性と子供の面前で行われた。
下記にはディジュリドゥの演奏が収録されているトラックと、特にすばらしい音源にはライナーの翻訳の後に単なる聴感上での筆者の所見が加えられています。「上記はライナーの翻訳」という文章ではじまる段落には、音の響きからくる聴感上の主観的な感想と、各曲に特徴的な音楽的構造や、楽器の特徴などのレビューが掲載されています。レビューの部分で書かれている内容はAlice M. Moyle博士が書かれたライナーとは全く関係がありません。また、レビュー部分でなされている言及は推測の域を超えるものではないという事をご了承下さい。
■ライナーの翻訳と解説
1. Rain Dreaming Ceremony|2. A Re-singing of Rain Dreaming Songs|3. Rain Making Song|4. Balgan Songs|5. Djabi Song The Windmill of Wallanie Plains|6. Wongga Dance Songs|7. Brolga Bird Clan Songs|8. Women's Wu-ungka Songs|9. Morning Star, Pigeon and Rain Songs|10. Stingray, Dolphin, Curlew and Shark Songs
※曲名をクリックするとその曲の解説へ飛びます。
1. Rain Dreaming(ngapa) Ceremony
'67年Yuendumu(Alice Springから350kmの所にある砂漠地帯)にて録音。Walbiri語で歌われるRain Dreaming(Ngapa)の儀式の歌。この録音はNganakudukuduとしても知られる「Women's Night」の時に行われた。「Women's Night」は割礼の儀式に関する、より幅広い複合的な儀式の一部である。こういった儀式を開く時には、いまだ割礼の儀式を受けていない若い10代の少年が十分おり、それに対して選ばれた夢見の出来事の所有者や主催者として儀式を執り行うために、その少年達と適切な関係のあるイニシエーションを受けた男達も十分な人数いるということが必要である。午後遅くにはじまり、その後12時間続くこの手の夜通し行われる儀式の間に起るもろもろのシーンでは、様々な通過儀礼を経て、今大人の男性になろうとしている少年達が生まれてはじめて母親を中心とする女性の庇護から引き離されるのである。
Nganakudukuduと呼ばれるこの「Women's Night」の儀式では、儀式を受ける若者達は儀式的隔離の時期の後に、最初にそれぞれの母親に会う。母親達は子供達と共に儀式が執り行われる場所の西側のはしに座らされる。その場所には、雨に深く関係しているドリーミングである「ヘビ」の身体を表わしている赤と白の曲がりくねった図案が描かれている。
トラック1では、男性の長老の一人が最初のコール(Tyamaru)を発し、それを追って女性達が「Kulkulukulukulu」と歌う。叫び声とこの「Kulkulukulukulu」という声の渾沌とした中で、「Piriwara Mangku」と呼ばれる歓迎の歌が地面をドンドンとスティックでうちつける音とともに歌われはじめる。
1a. Rain Dreaming Ceremony
トラック1bでは、儀式が進み、女性達の後列あたりの場所で大きな火がつけられ、5-6人の男性のグループが歌いながら女性達の周りを歩いている。オーストラリアのその他の地域では、立った状態、もしくは座った状態で歌が歌われるのがより普通である。夜がすっかりふけると、儀式を受ける若者達はそれぞれの保護者に肩をささえられながら、歩いているグループに参加する。彼等が歌うことはなく、シンガー達が立ち止まっている場所にあるそれぞれの火のそばでひざまついている。
夜明けにむけて歌は終わり、若者達は火のそばに連れていかれ、彼等の母親達はこのイニシエーションの儀式の準備段階の象徴である髪の毛で作った首飾りをはずす。
1b. Rain Dreaming Ceremony
日が登り、人々が儀式の場所を離れる準備をしはじめるまでに、子を奪われた母親の悲しみを知らせる形式的な女性のむさび泣きが聞こえる。自分達の子供は、もう一人前の男として最初のステップを踏み出したので、もう子供としてともに過ごす事ができないのだ。
2. A Re-singing of Rain Dreaming Songs
Walbiriクランの男性Dinny Djabaldjariによる歌。実際はセレモニーの最中に歌われていたものだが、はっきりした録音を残すために別テイクで収録されている。トラック1-2は関係者の許可を得てLP化されています。
歌詞の最後の母音が変化する点と、ソング・アイテムを通してシラブル(音節)が完全な連結をした継続的な繰り返しをするという点が、オーストラリアの中央/西砂漠地域のソング・スタイルの特徴である。
上記はトラック1-2の解説の翻訳です。雨の少ない砂漠の地域のアボリジナルならではの雨のドリーミングと成人の儀式とがどうかかわっているのかはこのライナーからは不明だが、子供が通過儀礼を通じて大人になるこの一連の儀式の録音からは、砂漠という厳しい環境で生きるアボリジナルの人々のスピリチュアルで力強いライフ・フォースを感じる。 「Kulkulukulukulu」という声と共に空から大粒の雨が降ってきそうな、すばらしい現地録音。
3. Rain-Maiking Song
Derby(西オーストラリア州の北部 / 東キンバリー地域)にて'68年録音。Bill Anda Nunggulmarraによって自らクラップスティックをうちながらWunambul語で歌われている祈雨の歌。ここで見られるソング・アイテムは古代を表わしている壁画の修復と、西オーストラリア州の北西キンバリー地方にだけ部分的に見られる「Rain-Making」の絵画に関連している。「Painting the Wandjina's Arm(Wandjinaの腕を描く)」(Wandjinaとは西オーストラリア州北部のキンバリー地方のNgarinyin、Wororra、Wanambulの3つのクランにとって全ての創造主である最高位の精霊)と呼ばれるこの曲の歌詞は、まず最初に上腕、手、指の関節、そして爪へと、描かれた人の姿を詳細に説明している。繰り返されている最後の「Didja, Didja, Gadja」という言葉は、親類関係の宣言で、「Granny(祖母)」と訳されている。
4. Balgan Song
Derby(西オーストラリア州の北部 / 東キンバリー地方)にて'68年録音。Worora語とWunambul語の両方で歌われている。リード・シンガーはWadi Ngyerdu。「Balgan」はダンス・ソングで、肩に装飾をほどこした大きな板をのせた男性ダンサー達が、ゆったりと荘重な足取りで踊る。この録音では、板に施された装飾は北西の沿岸部近くのある川を表わしている。
最後の曲はごく最近Sam Wulagudjaによって作曲されたもので、「年老いた醜い女を追いかける」と訳されている。「Balgan」ソングのパーカッシブな伴奏をしているクラップスティックは男性シンガー達によって演奏され、女性シンガーは自分の手首を片手で持ち、その手でヒザを叩いている。「Balgan」や「Balganya」ソングの典型的な特徴は、音程が下がる規則的な音の高さの所でクラップの伴奏が止まるという点である。
5. Djabi Song/The Windmill of Wallanie Plains
La Grange(西オーストラリア州)にて収録されたAndy(Garadjari語)の歌。「Djabi」ソングは個人に属する、ダンスを伴わないカテゴリーの歌で、神話上の出来事やテーマについてではなく、現実の出来事について歌われる事が多い。この「Windmill(風車)」の歌の伴奏で鳴らされているギシギシした音は、オーストラリアでは珍しく、これは西オーストラリアの歌にだけみられる特徴で、ヤリ投げ器につけたギザギザのふちを小さな棒で擦ることによってできる音である。この伴奏を伴う歌というのは、昔の黒魔術と関係していると言われている。現代の「Djabi(Tabi, Jabbee)」ソングでは時に英語が歌詞の中に見られる事がある。
上記はライナーの翻訳。ディジュリドゥの伴奏は無い。『INSTRUMENTAL MUSIC
OF ASIA and THE PACIFIC Series 3-3』(3 Cassette 1985 : Asian Cultural Centre
for Unesco)のトラック6に詳しい「Djabi」ソングの解説と「Mirru」と呼ばれるこの歌の伴奏に使われる楽器の詳しい解説が載っているので参考にしていただきたい。
6. Wongga Dance Songs
Delissavile(現Belyuen)にて'68年に録音。Tommy BarandjakによるWogadj語の歌に、Harry Fergusonのディジュリドゥ。ソングマンTommy Barandjakの父親の作ったダンス・ソングとして知られる曲で、歌詞は家族の関係している土地について歌われている。掛け声、ダンサーの足踏みの音、そばに立っている子供達のシンクロした手拍子がTommyのクラップスティックの音と歌、そしてこの地域では「Kanbi」と呼ばれるディジュリドゥのサウンドと混ざりあっている。
ディジュリドゥは約1.5mの長さで、白蟻の食べて空洞になった枝の先を「唇をリードにする」テクニックで演奏される。それによって基本的な音を出し、演奏者の声を混ぜることで一時的に音を豊かにして演奏される。4曲収録されているが、それぞれの曲はディジュリドゥの演奏で始まる。2曲目では5拍子で演奏されている。
上記はライナーの翻訳。北西アーネム・ランドのWANGGA(昔の文章ではWonggaとも綴られる)スタイルのディジュリドゥのサウンドの特徴である高音域の倍音が前面に出て来ていて、ドローンのノビの美しさが特に目立つ、すばらしい演奏です。舌と喉の動きによって高音域の倍音が万華鏡のように変化しているのがわかる。また時折、ハミングのような演奏技術を使うことで低音部分にも動きをつけているのも特徴だ。
ライナーでも述べられているが、曲構成としては2曲目の5拍子(3+2)のリズムがおもしろい。全体として歌もディジュリドゥも録音状態も良い、3拍子そろった好録音である。3-4曲目の4拍子の曲はWONGGA、GUNBORGのどちらでも見られるリズムで非常にポピュラーな曲構成になっている。『ABORIGINAL
SOUND INSTRUMENTS』(CD 1963-68 : AIATSIS)の11曲目のd).では同じディジュリドゥ奏者Harry Fergusonのディジュリドゥ・ソロを聞くことができる。歌のメロディ、ソングマンの力量、ディジュリドゥ奏者の演奏能力いずれもかなりすばらしい。
その他には最も秀逸なWANGGAソングを集めたアルバムとして『RAK BADJALARR
-Wangga Songs for North Peron Island by Bobby Lane』(CD 2000 : AIATSIS)がある。録音地域はこのトラックと同じBelyuen(旧Delissavile)コミュニティである。
7. Brolga Bird Clan Songs
Rose River(東アーネム・ランド)にて'69年録音。リード・シンガーはDabulu、ディジュリドゥはMagurn(他の音源ではMagunとも綴られている)。この録音はダンスの映像を記録するプロジェクトの一貫としてGroote Eylandtで録音されたのだが、東アーネム・ランドのRose River北部の地域のNunggubuyu語を話す人々によって演奏されている。飛行機での移動が主流になる前は、Nunggubuyu語を話す人々(Numbulwar周辺部)とGroote Eylandtの間のコンタクトは丸木舟によって維持されていた。丸木船を作る方法は「Macassan」と呼ばれる北オーストラリアの沿岸部を頻繁に訪れていた海の民によってもたらされた。
曲の頭で発せられる低くなっていく声は、最近になって新しく取り入れられたスタイルで、クランの中でも年寄りのソングマンNgardangiによって見い出された。この「新しいブロルガ(豪州ヅル)・ソング」のスタイルに最も近いモデルは、はるか西方のWogadjクランのWANGGA(このアルバムのTrack 6参照)である。筆者が得た証拠からすると、アボリジナルの歌のスタイルというのは、ラジオやカセットで聞くノン・アボリジナルの音楽からよりも、他のアボリジナルの歌のスタイルに影響を受けていると思われる。
このブロルガの歌を二つのセクションにわけている「震えた繰り返される声」というのは、ブロルガの鳴き声か、Ngalmiクランの人々とトーテム上の関係があるその土地の大きな鳥Grey Crane(アオサギ)の鳴き声を模倣したものであう。
ブロルガ・ソングの歌詞は変動するが、群れをなして飛び、ともに踊り、ビラボン(川が作る三日月湖)で餌をついばむ鳥たちの習性、そしてしばしばクランの土地の大事な場所に関係している。Magurnの吹く卓越した「Lhambilbilk(ディジュリドゥ)」のリズミックなパターンは、歌の調べをしっかりとフォローしている。
上記はライナーの翻訳。『SONGS FROM THE NORTHERN TERRITORY
2』(CD 1962-63/1996 : AIATSIS)のトラック7にも同じようなブロルガの曲がMagunのディジュリドゥの伴奏で収録されており、トラック8には超絶のMagunのディジュリドゥ・ソロが収録されている。他にも、『ABORIGINAL
SOUND INSTRUMENTS』 (CD 1963-68/1996 : AIATSIS)にもMagunのソロと同様のブロルガ・ソングの2曲が収録されており、彼が当時ディジュリドゥ・プレーヤーとして幅広く活動していた名プレーヤーだったということがわかる。
Groote Eylandtの対岸、Yirrkalaよりは随分南のRose River北部という事だけあって、北東アーネム・ランドのパワフルでリズミックな要素とアーネム・ランドで最も早いと思われるGroote Eylandtの舌の動きの両方を兼ね備えたような演奏スタイルを持つ、この地域のディジュリドゥ・マエストロMagunの演奏には舌を巻く。ディジュリドゥの音量も良く、数人で歌われている歌とディジュリドゥがタイトにからみあっているすばらしい録音内容になっている。歌、ディジュリドゥともに最高レベルの内容です。
8. Women's Wu-ungka Songs
Aurukun(北部クィーンズランド州)にて'66年録音。UeknとYuimukの二人によるWik-ngatara語の歌を2曲収録。女性二人で歌われているこの歌は、近くの川で溺れ死んだ二人の少女の物語、または神話について歌われており、例えばここでは「Pub'wa」という亡くなった少女の最後の喘ぎ声を表わしている強調的な短いフレーズは、クィーンズランド州の北にあるCape Yorkの西側の居留地の年寄りによっていまだ記憶されている儀式の歌の特徴である。
上記はライナーから。女性によるお経のような詠唱。ディジュリドゥは入っていない。よく聞いているとモンゴルのホーメイのような高い倍音成分が聞かれ、倍音を多分に含んだゆったりとしたこの歌は聞いているだけで、もっていかれてしまう。
9. Morning Star, Pigeon and Rain Songs
Caledon Bay(北東アーネム・ランド)にて'59年録音。ソングマンもディジュリドゥ・プレーヤーも北東アーネム・ランドのCaledon Bay出身だが、Darwinにて録音された。その地域の内陸部の人々にとってDjapuクランは「Balamumu(海の民とか沿岸部の人々という意味)」として知られている。それはDjapuクランが同じ神話を共有する他の北東アーネム・ランドのクランと共に大きな儀式を執り行うためである。
これらの歌は人の死や喪に服する時に演奏される。「Morning Star(明けの明星:夜明けの空にのぼる金星」ソングは、Djapuクランが属しているDhuwa半族の死者の霊の住む場所に関係している。Djapuクランの「Pigeon(ハト)」ソングの特徴は、繰り返し挿入される鳥の鳴き声を模倣した声と3連のスウィングしたリズムである。西アーネム・ランドのWANGGAダンス・ソングと比べてみると、北東アーネム・ランドの歌の方がボーカルの歌う音程の幅が狭い。
上記はライナーの翻訳。ここで紹介されている「Morning Star」ソングのディジュリドゥの伴奏は2ビートで「DupuDere
DupuDere...」といったトゥーツが短い周期で入り続け、コールでブレイクに入るという構成で、『TRIBAL
MUSIC OF AUSTRALIA』(CD-R from LP 1953 : Folkways)のトラック13の「Djarada(ラヴ・ソング)」のディジュリドゥの伴奏に酷似している。使用している「Yidaki(ディジュリドゥ)」はディープなサウンドで舌の動きがダイナミックに音に影響している。『SONGS
FROM THE NORTHERN TERRITORY 2』(CD 1962-63/1996 : AIATSIS)のトラック11にも同じDjapuクランの「Morning
Star」と「Pigeon」が収録されていて、同じ曲のディジュリドゥ・ソロとマウス・サウンドが収録されているので参考になる。
「Pigeon(ハト)」ソングのディジュリドゥは基本の3連のリズムをミドル・テンポで演奏しており、舌がカールバックする時の倍音がすさまじい。歌は展開によって様変わりするが、ディジュリドゥのリズム展開は非常にシンプル。ハトの鳴き声をまねた声をソングマンが出す時にユニゾンしてコールやトゥーツで一部分だけ合わすあたりにディジュリドゥ奏者のセンスの妙を感じさせる。
「Rain」ソングは、「Morning Star」ソングに似ていて「DupuDere DupuDere...」といったトゥーツを連発するがコールとトゥーツが間断なく入り続けるブレイク部分がすさまじい。かなりの演奏能力を要求される北東アーネム・ランドのイダキの演奏スタイルの技術を集約させたような楽曲に驚かされる。
最後にディジュリドゥ・ソロが収録されていて、悶絶の内容。30秒弱の短い曲だが、低音のイダキでリズミックにトゥーツとコールをいれまくる「Rain」ソングのソロを演奏している。脱帽のソロ。ドローンの時にあまり聞いた事のない、おそらく舌と喉の動きでおこっていると思われる倍音にやられます。圧倒的なパワー。
10. Stingray, Dolphin, Curlew and Shark Songs
Groote Eylandtにて'64年と'69年に録音。ここでEnindilyagwa語で歌われている歌のテーマは、入り組んだ血縁関係のシステムにおいて自分達のクランを確認するクランの象徴についてである。「Stingray(エイ)」と「Curlew(シギ)」ソングはGulaが、「Dolphine(イルカ)」ソングはAbadjeraが、そして「Shark(サメ)」ソングはMalkarriという全てWarnungamadadaクランのシンガー達によって歌われている。若いシンガーは同じテーマの歌詞に関して新しいメロディ形式をつくり出すことがあるが、他方で今('73年当時)はもう亡くなっている「Shark(サメ)」ソングを歌っているシンガーMalkarriの歌は、1948年に民族学者C.P. Mountford教授によって『American-Australian Expedition to Arnhem Land』(SP 年代不明 : ABC)に録音されているGroote Eylandtの音源に似通った古い形式のものになっている。
Groote Eylandtのクラン・ソングの歌詞は、自分達の土地の神話について与えられたテーマの中で詩的に即興して歌われる。良いシンガーの基準というのは同じ言葉の繰り返しを避けるということだ。しかし、それでも繰り返される言葉というのは、歌われる歌詞の構造の中に容認されている。
Groote Eylandtのパーカッションの役割を果たす伴奏には3つの演奏方法があり、一つは地面においた大きなクラップスティックを小さなクラップスティックで打つという方法、ペアのクラップスティックを両手にもって叩く方法、そしてディジュリドゥ奏者がディジュリドゥを棒で打ちつけながら演奏する方法の3つである。
「Yirga(ディジュリドゥ)」はGroote Eylandt特有の演奏方法があり、つまったリズムのドローンが進んでいる中で、トゥーツを入れることで曲を中断したり、終わらせたりする(歌のテーマやダンサーのコールによる)。「Dolphine(イルカ)」ソングではボーカルの「Shaky Voice(震える声)」と呼ばれる振動が意図的になされており、狭い音域に閉じ込められた北東アーネム・ランドの歌の音色をさらに装飾するのに役立っている。
上記はライナーの翻訳。4曲を収録。ディジュリドゥはいずれも『SONGS FROM
THE NORTHERN TERRITORY』(CD 1962-63/1996 : AIATSIS)に多数収録されているGroote Eylandtの録音と似た感じのスタイルで演奏されている。ここに収録されているプレイヤーの場合は、唇を非常にリラックスさせているのが音からよくわかる。1-2、4曲目はドローンのみを演奏していて1秒弱の長めのトゥーツでブレイクやエンディングに行くという構成だが、3曲目は常にトゥーツが断続的がはいり、コールと1秒弱の長めのトゥーツを使ってブレイクするという構成で、この差が非常にわかりやすい。ドローンが舌と喉の動きによってつんのめったようなリズムで演奏されているのが非常に特徴的。2曲目のシンコペーションした高速バックビートもこの地域特有である。
Groote Eylandtの「Emeba(クラン・ソング)」で演奏されるブレイクの合図はソングマンが発するある特定の歌詞で、それを聞いてディジュリドゥ奏者はブレイク部分へと演奏を変化させる。またソングマンはブレイクの間に次に歌う歌詞を即興で考えると言われているが、それがはっきりとわかる内容である。
Groote Eylandtのみの音源を集めた唯一の音源は『ABORIGINAL
MUSIC FROM GROOTE EYLANDT and BRICKERTON ISLAND, AUSTRALIA』(Book & CD 1969
: Peter Lang Publishing)で、非常に濃い内容になっているので聞いていただきたい。
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