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Research 林 Jeremy Loop Roots
大八木 一秀 / イダキ奏者
レッド・センター 砂漠のアボリジナルと住む

【木クズの正体】

「またこんなに散らかして」

手入れをするフェイ
毒蛇が潜んでいるかもしれないので、老人介護施設周辺の雑草狩りは定期的に行う。フェイに「機械を押してるの?それとも機械に引きずられてるの?」と聞いてみたら、「うーん、両方ね」とギャグセンスも抜群!

老人介護施設で暮らすお年寄りたちの朝食を持っていくときに、毎日のように聞くフェイの言葉だ。特に怒った口調でもなく、おかあさんの口グセといった感じだ。そこにはフェイが施設内を清潔に保ち、みんなの健康を願っているという彼女の思いやりを感じる。そして手に持った朝食を僕に渡して、いつものように部屋を片付けていった。

フェイと一緒に働きだしてから1ヶ月ぐらい過ぎると、みんなの面倒は僕が看て掃除や洗濯は彼女がするといった感じで、それぞれの役割分担というのがなんとなく出来てきた。それでもフェイの仕事は現場だけに留まらず、施設の事務的な仕事もしているので常に忙しくしている。

そこで、僕の手が空いているときは、進んで掃除や洗濯もするようにしていた。このときも思いのほか朝食を早く配り終えたので、

「あとのことはやっておくから大丈夫やで、フェイ」

「じゃあ、私は来週の食材の発注リストを作ってくるわ。掃除よろしくね」

と言って、家に帰って行った。僕もみんなが朝食を食べ終えるまでの間、キッチンの後片付けをするために施設を後にした。再び施設に戻ると、ビルおじいちゃんはアート・センターに絵を描くために出かけ、ベティおばあちゃんとヌンティおばあちゃんはキッチンの前の広場で日なたぼっこをしていたので、早速掃除にとりかかった。

施設内は人の出入りが激しく、また日本のように玄関で靴を脱ぐという習慣がないので砂埃がすさまじい。さらにどういったわけか、施設内にはゴミ箱がないので、お菓子の袋や空き缶といったゴミが散乱している。掃き掃除をしてゴミを1ヶ所に集めていくと、想像以上の量が集まった。「よくまあ、これだけの生活ゴミが出るもんやな」と感心をしていると、ふと生活ゴミらしからぬモノが混じっているのに気付いた。それは「木を削ったようなカス」だった。

「なんでこんな木クズが混じっているんやろ?」ちょっと不思議に思ったが、ヌンティおばあちゃんやベティおばあちゃんが寝起きしている大部屋の掃除が終わったので、つぎはビルおじいちゃんの小部屋を掃除しようと彼の部屋に入った。床を見下ろすと、大部屋よりも木クズが大量に散らばっている。

「なるほどね。ビルおじいちゃんが木クズを出していたんやな。でも、一体何をしていたんやろ?」とりあえず掃除をするためにビルおじいちゃんのベッドのマットレスをめくると、その下にWana(コラムの目次5参照)やKulata(コラムの目次8参照)がゴロゴロと置かれてあった。「スッ!スゲー!いつの間にこんだけ作ったんやろ?」そのときだった。

ビルの製作途中の木くず
無造作に置かれていた木材。形から想像するとKali(ブーメラン)を作っている途中かもしれない。その下には大量の木クズが散っている!まっ、外だからいいか。

「お前は人の部屋で一体何をしているんだ!」

と、モヒカン兄ちゃんのジェイミーが後ろに立っていた。彼はニヤニヤと笑っていたので、僕を驚かすのが目的だったみたいだ。やましいことはしていなかったが、ちょっとドギマギしながら彼がここに来た理由を聞くと、どうやらフェイに以前から頼まれていたキッチンのシンクの水漏れを直しに来てくれたみたいだった。

「ビルおじいちゃんの部屋の掃除をしていたんだけど、ベッドの下からいっぱい工芸品が出てきてん。いつの間に作ったんやろ?」

「ビルはいつも作っているぞ。あいつがこのコミュニティ来たのはちょうど1年前ぐらいだったかな。そのときは絵なんか描かずにひたすらヤリとかを作っていたな。作り終わるとオレの所に売りにくる。しばらくはオレも興味があったから買っていたけど、ビルは見ての通り高齢だろ?そこで『オノで木を削ってお金を稼ぐよりか、絵を描いて楽にお金を稼げよ』ってビルにすすめてみたんだ。今じゃあ絵を描く時間の方が長いかも知れないなぁ。ヤリとかはアート・センターが閉まってから作っているんじゃないのか?」

「そうなんや。他のアボリジナルも工芸品を作ったりしてるの?」

「いや、オレの知る限りビルだけじゃないかな。他のお年寄りは日がな1日ブラブラとしているし、若い連中は車を乗り回して遊んでいるだけだ。ビルは若いアボリジナルにも作って欲しいと願っている。だから一人でも多くの若者が作り方を覚えるようにと、一人で黙々と作っているんだ。そんなビルは、最長老としてWatiyawanu付近で暮らすアボリジナルから一目置かれている存在なんだ」

「へー、ビルおじいちゃんってすごいねんな。確かに他のおじいちゃんと比べて、彼の存在感は飛びぬけているよね。ところで、ジェイミーは今までどんな物を作ってもらったの?」

「今度オレの家に遊びに来いよ。ビルの作った工芸品とか初めて描いた絵を見せてやるよ。じゃあ、オレは修理しないといけないからな」

と言って作業を始めた。これまでビルおじいちゃんのお世話をしてきたが、彼との会話は片言の英語と片言のLuritja語とPitjantjatjara語(ビルおじいちゃんの生まれた場所はKata Tjuta《英名:Mt, Orga/マウント・オルガ》周辺なので、第一言語はPitjantjatjara語になる。)だった。正直、お互いの意思疎通はかなりあいまいなもので、最後は笑って話を終えるというのがほとんどだった。なので、ビルおじいちゃんのことは、ほぼ知らないに等しかった。ただ、ビルおじいちゃんと初めて会ったとき(【ビルとジェイミーと僕】参照)に感じた、「凛とした雰囲気を漂わせている」というのを常に感じていた。

「ビルおじいちゃんの作る工芸品かぁ。どんな風にして作っているんやろ?」いつかそんな現場を見てみたいと思っていたが、意外にも早くその機会は訪れた。

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