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Research 林 Jeremy Loop Roots
大八木 一秀 / イダキ奏者
レッド・センター 砂漠のアボリジナルと住む

【ビルとジェイミーと僕】

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ビルはコミュニティで暮らすアボリジナルから、尊敬と畏敬の念を持ってTjilpi(オールド・マン)と呼ばれている。
WatiyawanuからIkuntji(英名 : Haasts Bluff/ハースツ・ブラフ)までは約2時間ぐらいだったろうか?その間にジェイミーがBill Kumanytjayi Tjapaltjarri(以下ビル。Kumanytjayiについては用語解説を見て下さい)の事について色々と教えてくれた。

ビルはWatiyawanuから南におよそ300km離れたUluru(英名 : Ayers Rock/エアーズ・ロック)の 東隣にあるKata Tjuta(英名 : Mt.Orga/マウント・オルガ)周辺のブッシュの中で生まれ育ち、嫁さんを見つけるために北へと移動してきたそうだ。

そしてIkuntjiコミュニティで、現在の嫁さんのKoreen Nampitjinpa(以下コリーン)と出会い、結婚し、白人が経営する牧場で牧夫として働いた後、彼女と一緒にWatiyawanuに移り住むようになったらしい。ブッシュの中で生まれたビルは、僕達が日常的に使っている年月日という概念が無く、正確な年齢は本人ですら分かっていない。推定年齢は86歳で、Watiyawanuでは最高齢のオールド・マン(老人)だ。

ビルは息子に会う為にIkuntjiに来ているらしい。そこでまず息子の家へと車を向ける。息子の家に着くとジェイミーが大声で呼びかけた。すると息子は家に居たがビルは家を出て行った後で、どこに行ったかも分からないらしい。次にジェイミーは通りすがりのアボリジナルに話を聞き始めた。携帯電話が使えないコミュニティ内で情報を集めるには、人から直接情報を得る為に動き回るのがてっとり早いのだろう。数人のアボリジナルの人から聞いた情報を元に、コミュニティ内を右往左往するが、なかなかビルは見つからない。彼らが間違った情報を教えているというよりかは、むしろビルが移動しまくっているような感じだ。

20分程コミュニティを回って、「5分くらい前にビルをストアー付近で見た」という有力な最新情報を聞いたので、すぐに車でジェイミーとストアーに駆けつけた。ストアーの横の広場には、1人の老人が太陽を背に腰を丸め、ちょこんとあぐらをかいていた。ジェイミーがその老人に「ビル!今からWatiyawanuに帰るぞ!」と話しかけた。ジェイミーはそう言い残すと、ビルに僕の事を紹介する事も無くスタスタと車を降りて、帰りの道中のための買い出しにストアーへと入って行った。

僕は手持ち無沙汰のままビルの隣に座り、自分がTjakamarraである事、Watiyawanuに来る事になったきっかけ、そしてこれからWatiyawanuで暮らしていく事を英語で話し始めた。ところが、僕が話している事を理解していないのかまったく反応が無く、遠くの方を眺めている。仕方が無いから僕もぼーっと遠くを見ながら、時折ビルを盗み見る様に観察し始めた。微動だにせず座っているビルは、大地にどっかりと根を生やしている巨木のような雰囲気が漂い、鋭い眼光からは凛とした空気を醸し出している。なんとなく絵になるおじちゃんなのだ。その後しばらくぼんやりとビルを眺めていると、ジェイミーが買い物袋を片手に僕達の所に戻ってきた。どうやら帰る準備は整ったようだ。

ジェイミーが運転席に座り、ビルは後部座席に座った。僕は、一瞬どっちに座ろうかと考えたが結局助手席に座ることにした。見ず知らずの日本人が長時間隣に座っていると息が詰まるんじゃないかな?と漠然と思ったからだ。Ikuntjiを出発してから、ジェイミーはロックの音楽をかけハンドルを手で叩きながらリズムを取っている。僕は来た時とは違った視点で見える景色を楽しんでいる。ビルはというと、もの静かに遠くの方を眺めている。時折ジェイミーが「Nyuntu palya? (お前大丈夫か?)」とビルに声をかける。その時だけビルの「Yuwa palya. (おお、大丈夫じゃ)」という言葉が返ってくる。砂漠を走る車の中に、黒人と白人と黄色人の1人ずつが乗り合わせているこの非日常的なシチュエーションに、人との不思議な巡り合わせを感じずにはいられない。ふと、「思えば遠くに来たもんだ」とはこんな事を言うんだろうなぁと1人で納得している自分がおかしかった。

ジェイミーが思い出したように、「カズ、これからビルの身の回りの世話をがんばれよ」と話しかけてきた。というのは、僕はAged care(老人介護施設)で働く事になっていて、現在ビルは奥さんのコリーンと一緒にその施設内で生活しているからだ。ジェイミーも以前はビルの身の回りの世話をしていたことがあったらしく、彼の事は特に気にかけている様子だった。ビルのお世話をするんだったら彼と話す機会をこれからたくさん持てるに違いない。Watiyawanuで最高齢のオールド・マンに、若かりし日の事やアボリジナル文化の事について聞く事ができるんだと思うとわくわくしてくる。なぜなら、それは僕がWatiyawanuでやりたかった事の1つだったからだ。Watiyawanuまでの帰路、ルームミラーで自分の顔を見る度に、嬉しさのあまりニンマリとしているのだった。

Watiyawanuに戻った次の日の朝。Aged careの前を通りかかるとビルが座っていた。彼に向けて「Palya?」と声を掛けると、彼が「Nyuntu marutju ngayuku(お前はわしの義理の兄弟じゃ)」と言った。これが僕に対してビルが始めて話かけてくれた言葉で、この日以来お互いを親族名称で呼び合う様になっていった。

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