EarthTube  
Research 林 Jeremy Loop Roots
大八木 一秀 / イダキ奏者
レッド・センター 砂漠のアボリジナルと住む

【夕日の中で】

「日本語の無い生活ってどんなんやろ?」

日本を出発する以前、Watiyawanuに来る事を決めた時から度々考えていた事だ。Watiyawanuに来る時には、アボリジナル・アート・コーディネーターとして著名な内田真弓さん(以下真弓さん)を含め6人の日本人でやってきた。けれども彼女達は明日にWatiyawanuを去って、アリス・スプリングスに帰ってしまう。つまり明日からはWatiyawanuには1人の日本人しか居なくなるのだ。

Watiyawanuの丘の上
真弓さん達と登った小高い丘。刻一刻と変化し続ける空の色は、今まで僕が見た夕日の中でも特にきれいだった。けれども僕の心は.......。
その日の夕暮れ時に、真弓さんの提案で少し小高い丘に登った。ここは夕日がきれいに見える絶景ポイントで、真弓さんがWatiyawanuを訪れる時にはしばしば足を運ぶお気に入りの場所なのだそうだ。

丘の麓から頂上まではゴツゴツとした岩がゴロゴロと転がり、葉先が鋭く尖ったスピニフィックスが群生しているので、かなり登りづらい。下から見上げた時にはそれ程高いとは思わなかったが、いざ登ってみるとなかなかてっぺんに到達しない。

太陽を背に15分程登ると、ようやく丘の頂上付近に着いた。そこから周囲を見下ろすと遥か遠くの地平線まで見通せるので開放的な気分になれた。風は心地よく体を吹き抜け、その風に乗って虫の声が至る所から聞こえてくる。太陽が沈んでいる方に振り返ると、限りなく広がる空はオレンジ色から赤色へと何層ものグラデーションになっていて、反対の空は青色から薄紫色へと変化し、大空に漂う雲を色彩豊かに色づけている。様々な色が輝き自然の美しさを凝縮したようなこのひとときに、おそらく全員が「絶景だなぁ!」と心の中で思っていたに違いない。

それぞれがお気に入りの場所に落ち着くと、太陽もいい感じに地平線へと沈みかけている。そしてクーラーボックスに詰めて持ってきた飲み物を回し始めた。程よく冷えた飲み物を片手にWatiyawanu滞在中の出来事等を、沈みゆく夕日を眺めながら楽しそうに話す真弓さん達。

僕はというと、みんなから少し離れた場所で、1人静かに刻々と変化していく大空の模様を一心に眺めていた。そうしていると真弓さんがふと近づいてきて、

フェイ
Maku(英名Witchetty grub:蛾の幼虫)を家に持ち帰り、バターソテーしている知人。みんなと過ごした楽しい夕食の一時だ。

「カズ、明日から頑張りなよ!」

と声を掛けてくれた。真弓さんは10数年間Watiyawanuにかよい続け、さらには「Women's Business」という大規模なアボリジナル女性のための儀礼にも参加を許されている唯一の日本人女性だ。その儀礼中の数週間は、アボリジナル女性達と共に寝起きをしなければならないらしいので、アボリジナルと生活する大変さや楽しさを肌で感じとれる数少ない日本人でもある。そんな経験豊富な彼女の暖かい言葉が、どこか呆然としていた僕の身にしみていった。

「明日から俺1人なんや」

と自分自身に言い聞かせるように呟いた言葉は、Watiyawanuの赤い大地に吸い込まれる様に消えていった。

(C)2004 Earth Tube All Right Reserved.