【シフト・チェンジ】 慌しい物音に目が覚めると、同じ部屋で一緒に寝ていた知人達が荷物をまとめていた。リビングに出ると、真弓さんは片付いている荷物を車へと運び入れていたので、寝起きで頭が働かないまま僕も手伝い始めた。荷物をあらかた積み終え部屋の掃除を済ませると、仕事に出かけて行っていたグラニスとティムがお昼を食べに戻ってきていた。昼食を食べ終えると、みんなはティムとグラニスにお別れの挨拶をしていく。こんな状況にもかかわらず「みんな本当に帰るの?」という思いと共に、どこかドラマのワンシーンといった雰囲気のように感じる。みんなの表情はWatiyawanuを出発する開放感からか喜々としていて、やがて、1人、2人と車に乗り込んでいった。最後に真弓さんが僕の方へと近づいてきて軽くハグをしてくれ、 「いつでもメルボルンに電話しておいでよ」 と、夕日を見た丘で声を掛けてくれた時の様に、暖かく心強い一言を残して車に乗り込んでいった。 車のエンジンがかかりゆっくりと動き始めると、みんなは見送りにきていたグラニスと数人のアボリジナルに向けて大きく手を振っている。そして砂煙を上げながらその姿がしだいに小さくり、やがて完全に見えなくなると、グラニスは僕を残して物静かに家の中へと戻っていった。僕の周りにいた数人のアボリジナル達もいつのまにかどこかに消えていて、その場に1人残されたまま少しの間車の消えていった方向を眺めていたが、ふとコミュニティ内を散歩したい気分になった。 コミュニティ内を歩いていると、どこからか先日見知った子供達の集団が駆け寄ってきた。その中には初めて見る子供も混じっている。そしてジャッキー・チェンから忍者談義になり、挙句の果てに正拳突きを放ってくる始末。遠くから見れば「集団リンチ?」と思えるぐらいに囲まれていて、いつの間にやら 「フォト!フォト!」
それは、「僕がアボリジナルに興味を持っているように、アボリジナル・キッズたちもまた僕に対して興味を持っているんだ」というごくあたりまえな事だった。Watiyawanuに着いてから常に真弓さん達と行動を共にしていたから、彼らの興味は「謎の日本人一行」ぐらいに見ていたのかもしれない。だけど、自分1人がコミュニティに残されてみると、彼らの目はダイレクトに僕だけに注がれている事に気付いた。するとその距離感が明確になって、彼らとどっしりと向き合っている様に感じたのだ。この時から徐々に自分が来訪者という感覚から居住者の感覚へと変化していった様に思う。 子供達から開放されてグラニスの家に戻る道すがら、「コミュニティ・ライフが今始まったんだ」という思いがふつふつと湧き上がってくる。明日からは老人介護施設で働く事になっているので、よりコミュニティ・ライフの深い部分にまで触れていくのだろう。ただ、アボリジナル・キッズが教えてくれた事は、僕の心の中では妙に大きな出来事の様に感じたのだった。 |トップへ|
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