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Research 林 Jeremy Loop Roots
大八木 一秀 / イダキ奏者
レッド・センター 砂漠のアボリジナルと住む

【職人魂】

その機会はジェイミーの話しを聞いたその日の夕方に訪れた。お年寄りの夕食の準備をして、施設で暮らすみんなにご飯を配り、自宅で暮らすお年寄りにご飯を届けに行った。施設にはビルおじいちゃんを含めて4人のお年寄りが暮らしている。その他にも3人のお年寄りが家族と共に自宅で暮らしているのだ。」

ビルの作業風景
足の上に木を置いてオノを振るっているので、見ている僕がヒヤヒヤしてしまう。ビルおじいちゃんは左手の2本の指が不自由だが、器用に木を削っていく。

30分ほどで訪問介護を終えたあと、キッチンの後片付けをしに施設に戻った。すると施設の入り口の前でビルおじいちゃんがあぐらをかき、ガツッ、ガツッ、ガツッとオノを片手に木を削っていた。「こんなにも早く彼の創作活動を見ることができるなんて、オレってラッキー!」高鳴る気持ちのまま彼の隣に座り、

「何を作っているの?」

「オー、Marutju。Wana(コラムの目次5参照)じゃ」

ちらっと僕の方に顔を向け、一言だけ話すと再び木を削りだした。ビルおじいちゃんの体格はガッシリとしていて、腕の太さは僕の腕よりも一回りほど大きいような気がする。その腕で、高齢(推定年齢86才)さを感じさせないほどリズミカルに木を削っていくのだ。

ときおり勢い余ってオノの頭が柄から外れることもある。そんなときは、視線を周囲に走らせ手ごろな木片を拾い、オノの頭と柄の間に差し入れて固定し、再び作業に没頭していく。

ビルおじいちゃんの作業を見ている間、話しかけたり、写真を撮ったりしたかったが、なぜかできないでいた。

ビルとブーメラン
ビルおじいちゃんが工芸品を作るときに機械を使うことはない。いつもオノとヤスリを使うのだ。木の表面はラフで滑らかさはないが、逆にその無骨さが彼らしさを醸しだしている。

それは、黙々と作業を続けるビルおじいちゃんの姿には、僕のそんな気持ちを抑えつけるような威圧感があったのだ。「これがアボリジナル・エルダー(長老)の貫禄なのかな?」やがてビルおじいちゃんの手が止まった。削られて形の整った棒をブンブンと軽く振り回し、

「Marutju、絵の具」

と、話しかけてきた。お願いされた色は、赤、黒、白、そして黄いろの絵の具だった。余談ながら、Watiyawanuのアート・センターではアクリル絵の具が主流で使われている。アクリル絵の具は1970年代にWatiyawanuから東へ100Kmほど離れたPapunyaコミュニティで白人教師が持ち込んだ。そして教育の一環としてキャンバスにアクリル絵の具を使って絵を描くことを奨励した。やがて成人男性たちが儀礼に使われるデザインを小学校の壁やキャンバスに描き始めた。このことがきっかけとなり砂漠地帯の絵画が国内外に広く知れ渡るようになったのだ。それ以来、砂漠地帯ではアクリル絵の具が頻繁に使われるようになったそうだ。

Wanaにペイントをするビル
Wanaにペイントをしているビルおじいちゃん。彼の写真を撮るときには必ず一声かけるが、大体は「No」と言われることが多かった。このときは機嫌がよかったのかすんなりと撮らしてもらうことができた。

絵の具の入ったカップを渡すと、ビルおじいちゃんはおもむろに指を絵の具に突っ込み、木の棒を塗りたくっていく。絵の具と一緒に筆も持ってきたのだが、使おうとはしなかった。まんべんなく絵の具を塗り終えると、乾かすために木の棒をかたわらに置いた。彼の意識が木の棒から少しそれた頃をみはからって、

「どうして、Wanaを作っているの?」

「ワシはずっと作り続けてきたんじゃ」

「でも、みんなはあんまり作っていないよね?」

「ワシらには必要なモノじゃ。これからも作り続けるんじゃ」

そう言ったビルおじいちゃんの眼差しには、「伝統を守り続けるのだ」という確固たる意思が宿っているように僕には思えた。絵の具が乾くと今度は筆を手に持ち、砂漠地帯の絵画でよく見られるドット・アート(点描画)のドットを描きはじめた。

手前から奥へ、一定の間隔でリズムよくドットを打っていく。最初は「なんか乱雑に打っているんやなぁ」と思っていたが、ドットが埋め尽くされていくとひとすじの線が現れ、やがて何本もの線が浮かび上がってきた。そして最後のドットを打ち終わったときには、決して乱雑に打っていたのではなく、ドットの色や線の配置がバランスよく打たれているのが分かった。その明確なビジョンの鮮烈さに驚いていると、まだ生乾きのWanaを僕にさしだした。

Rockhall near Olgas
ビルおじいちゃんの作品。タイトルは「Rockhall near Olgas(マウント・オルガ周辺の水場)」。乱雑に打たれているドット(点描)は、それでいて規則的にデザインされている。そんな彼の絵を見ていると、心が絵に吸い込まれていくような感覚になる。

「Marutju、これはお前のじゃ」

「えっ!?これもらっていいの?」

すると何も言わずに首をたてに振り手渡してくれた。なぜビルおじいちゃんがWanaを僕にくれたかは分からない。またその本意を聞くにはお互いの会話は不十分だった。しかし、彼の強い意思だけは感じることができた。少し緊張した心持ちで、

「ありがとう。大事にするね」

すると、ビルおじいちゃんがスっと手を伸ばしてきた。「握手までしてくれるんや!」と、まるで有名人と握手するかのように彼の手を握る。オノをよく使っているのか、指はゴツゴツとしていて職人さんのような感触がする。そして身長では僕の方が高いのに、手の大きさはビルおじいちゃんの方が大きかった。その手はまるでおとうさんの手のように僕の手を優しく包み込み、懐かしい記憶を呼び覚ましてくれるなんとも言えない温かさがあった。名残惜しくはあったが手を離そうとすると、彼が再び強く握ってきた。「どうしたんやろ?」

そして一言。

「Marutju、50ドルじゃ」

ニヤっと笑うビルおじいちゃんに「そうだよね、タダなんかじゃないよね」とひとりごち、彼の商魂のたくましさに再び職人魂をかんじるのだった。

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