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Research 林 Jeremy Loop Roots
大八木 一秀 / イダキ奏者
レッド・センター 砂漠のアボリジナルと住む

【アボリジナル社会に突入】

「ねえリネット。今日はスキン・ネーム(専門用語解説【スキン・ネーム】を参照)について教えてよ」

Watiyawanu Art Center
社交場の一つであるアート・センター。みんな絵を描きながら、いろいろな情報交換をしている。僕にとって情報収集基地のような所だ。

リネットは来日経験を持つアボリジナル・アートのアーティストで、ちょっと日本びいきのおばちゃんだ。あまり積極的にアート・センターに足を運ばないが、ふと会ったときにはLuritja語を教えてくれたり、コミュニティの色々な話をしてくれたりする。スキン・ネームというのはWatiyawanuに暮らすアボリジナルが全員持っている名前で、男女それぞれに8つの名前があるそうだ。

僕がモリーンからもらったTjakamarraという名前もその中の一つで、僕の名前に一体どんな意味があるのだろうか、彼女に聞いてみたのだ。

「スキン・ネームねぇ。あなたはTjakamarraでしょ。だから奥さんはNapaltjarriで、そのきょうだい(男性)がTjapaltjarri。Tjapaltjarriのお父さんがTjungarrayiで、そのお母さんがNakamarraで、あなたのきょうだい(女性)よ。わかった?」

「・・・。はへっ???」

「あなたはTjakamarraでしょ?だからね、コミュニティにいるNapaltjarriという女性はみんなあなたの奥さん候補なのよ。私はNungarrayiだからあなたの姪ってことになるわね。お互いの呼び名はUkariよ」

「・・・。ところでTjakamarraってどういう意味なの?」

「それぞれのスキン・ネーム自体に意味なんてないわよ。ただスキン・ネームを持つとそれぞれの関係性が生まれてくるのよ。

あなたがTjakamarraならば奥さんはNapaltjarri。そしてその子供が男の子だったらTjupurrula。女の子だったらNapurrulaといったようにね」

たんたんと話すリネットおばちゃんの言葉とは対照的に僕の頭はショート寸前だった。とりあえず分かったことは「僕の奥さん候補はNapaltjarriという名前を持つ女性」と、「リネットおばちゃんとのお互いの呼び名はUkari」ということだけだった。

グラニスの犬テリー
グラニスが飼っているテリーという名前の犬。おもしろいことに、犬のテリーにもNapurrulaというスキン・ネームを持っている。グラニスがNapaltjarriなのでスキンの関係性は親子である。どうやらスキン・ネームは飼い犬にも適用されるみたいだ。

「Ukariっていうのは僕とリネットおばちゃんの間での呼び名でしょ?じゃあ他のスキン・ネームを持つ人ともそんな呼び方があるの?」

「もちろんあるわよ。ほら、ビルがあなたにMarutjuって呼ぶでしょ?あれはあなたとの関係が義理の兄弟だからそう呼ぶのよ。お互いの呼び名を使うことはそれぞれの親族の関係をはっきりするために重要なことなのよ。でも私たちは生まれたときからずっと教わってきたからそれがあたりまえなんだけどね」

アボリジナル・キッズ
5才ぐらいのアボリジナル・キッズでも、スキン・ネームについて多くの知識を持っている。彼らもいろいろなことを教えてくれるが、僕の頭の許容範囲をかるく超えている。すごいぞ、アボリジナル・キッズ!

と、話すリネットおばちゃんに、Tjakamarraと他のスキン・ネームとの関係や呼び方を聞いてみると即座に答えが返ってくる。頭を抱えて悩んでいる僕の姿がおもしろかったのか、いつの間にか数人のアボリジナル女性と子供たちに取り囲まれていた。

そして、みんなが次々と関係や呼び方を教えてくれるのだが、頭で考えようとすればするほどこんがらがってくる。子供たちも「なんでこんなのがわからないの?」と少し勝ち誇った雰囲気で説明してくれる。チクショー!

頭を冷やすためにみんなにお礼を言ってアート・センターを後にした。そして、コミュニティを歩きながら再びスキン・ネームのことを整理しようと試みた。このとき僕の頭の中を混乱に落とし入れていたのは、Tjakamarra以外にも全く聞き慣れないたくさんのスキン・ネームがあったということに尽きる。「こら、全部のスキン・ネームを覚えるしかないな」そう心に決めた僕はその日以来、いろいろな人に会うたびにその人のスキン・ネームと僕との関係を聞くようになった。

そんな日がしばらく続くと、僕の感覚がいくつか変わっていくことに気付いた。それはグラニスやフェイたち白人社会の人たちと、アボリジナルのことを話しているときのことだった。白人オージーのみんなが話をするときにはスキン・ネームではなくて英語の名前を使う。しかしそれが誰のこと言っているのか一瞬とまどうことがでてきたのだ。それはおそらく、白人オージーのみんなはアボリジナルのみんなを英語の名前で認識し、僕はスキン・ネームで認識し始めたからだった。

また、アボリジナルのみんなとLuritja語で話していると、話しの内容はあいかわらずあまり理解できないままだった。しかし、ときおり会話のなかに親族呼称が使われているので、誰のことを話しているのか想像できるようになってきたのだ。そんな僕の雰囲気を知ってか、アボリジナルのみんなも僕に対して親族呼称で呼んでくれる。

そしてこの頃になると相手が親族呼称を使うと、その人のスキン・ネームはもちろん、その人をとりまく社会的な位置も分かるようになってきた。初めて会ったアボリジナルとお互いのスキン・ネームを教えあうのは、名刺交換のようなものかもしれない。そう考えると、「スキン・ネームって結構便利かも?」と思えるようになったのだ。そして、ようやくアボリジナル社会に一歩踏み入れたんじゃないかな?という感じがした。

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