【悲しみに包まれるコミュニティ】
荷物の搬入は裏口から行われるので、入り口のドアは施錠されている。にもかかわらず、待ちきれない数人のアボリジナルは裏口からコソっと店内に入ってきて、タバコやジュースなどをミックにお願いして購入していったりしている。店長のティムはそんな光景を黙認しているみたいだが、ちょっと迷惑そうにしている。というのは、倉庫内をリフト車が出入りするので安全面を考えてのことだというのをしばらく経ってから教えてもらった。 トレーラーに積まれた荷物を全て倉庫に下ろしそこから商品ごとに決められた場所に保管していく。こんなとき、先入れ先出し(新しく届いた品物を一番下、もしくは奥に入れ、古い品物から販売していく)というのが日本の販売店の常識ではあるが、やはりここ、Mt.Liebig のストアーではそんなことはお構いなしに、ドンドンと積み上げていく。そろそろお昼も近づいてきたので、みんなに続いて僕もストアーを出ると、なにか張り詰めた空気がコミュニティ内に漂っていた。
その間にも、アボリジナル女性たちの泣き叫ぶ声がコミュニティに響いている。その声はコミュニティいる全ての人に、男性の死を伝えているような感じだった。二人の込み入った会話についていけそうにもなかったので、老人介護施設にいるみんなに話しを聞きに行ってみた。 施設の前には10人ほどの人がいて、みんなヒソヒソ声で話しあっている。僕に気付くとみんな会話をやめ、うつむき加減で僕の方を見ないようにしていた。「ここもなんだか居場所がないなぁ」家に戻ろうとすると、ビルおじいちゃんの奥さんのコリーンが僕を呼びとめて、右手を差し出してきた。「なんで握手をするんやろ?」と思いつつ、コリーンの手を握る。そして、握手する理由を彼女に聞いてみた。 「これはね、人が亡くなったときにするしきたりなのよ。だからあなたもみんなの所に行って握手をしてきなさい」 「握手をするだけでいいんやね?」 まずは周りにいるみんなと握手を交わし、家に戻る道すがら出会う人たちと無言の握手を交わしていった。数人のアボリジナルは、僕の差し出した手に少しのとまどいを感じているのか握手をしてくれなかった。しかし、多くのアボリジナルは悲しみを分かちあおうとするかのように優しく僕の手を握ってくれた。 その後コミュニティ内に重たい空気が流れるままに一日の仕事が終わり、家に戻るとグラニスを中心にフェイ、マーク、ジェイミーたちが明日からの予定のようなことを話し合っていた。グラニスたちとも握手をしようとすると、 「私もアボリジナルとは握手をするけど、それは私自身が彼らの文化をリスペクトしているからで、私たちの間では特に握手をする必要はないわよ。ところでカズ、明日から忙しくなるわよ」 「どうして?」 「それはSorry Business(ソーリー・ビジネス)が始まるからよ」 と、グラニスが少し興奮気味に僕に話しかけてきた。彼女の興奮した口調というのは、決して死者に対してのことではなく、「なにか出来事が起こると、それを取り仕切ることに興奮する」ということを短い期間ではあるが感じていた。なによりも面倒見がいいのだ。 グラニスによると、ソーリー・ビジネスとは亡くなった人の魂が戻るべき場所に戻るために行うそうで、長ければ3ヶ月以上も続けて行われる儀礼だそうだ。その間、アボリジナルはソーリー・ビジネスを行う特定の場所に移り住み、生活をするらしい。そして儀礼が終わると、教会でキリスト教のお葬式をあげ、埋葬されるということだ。グラニスの話しが終わると、続いてフェイが、 「明日は朝食の準備の前に、施設で暮らす何人かのお年寄りの引越しをしないといけないから、今日はよく休んでおくのよ」 と、引越し隊長に任命されたような気分だ。ともあれアボリジナルのソーリー・ビジネスを肌で感じれるんだ!グラニスほどではないが、多少興奮したままベッドに就いた。 |トップへ|
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