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Research 林 Jeremy Loop Roots
大八木 一秀 / イダキ奏者
レッド・センター 砂漠のアボリジナルと住む

【砂漠からの招待】

日豪交流30周年を迎えた2006年の6月に催された、White Cockatoo Performing Groupの来日公演をご記憶の方もいるかも知れない。その大阪公演の前日のワークショップにLoop Rootsのスタッフとして関わっていた。公演が無事に終了し、一つの仕事をやり終えた充実感はあったものの、どこか物足りなさを感じていた。

それから2ヵ月後の8月。大阪の天保山で、オーストラリアの砂漠地帯の伝統的な絵画である、点描画(ドット・ペインティング)の展覧会が催された。この展覧会のイベントの一つとして中央砂漠から現地のアーティストが来日するという情報を聞き、何かお手伝い出来る事は無いかと展覧会のコーディネーターである内田真弓さんに連絡を取っていた。内田さんは点描画に魅せられ、主に中央砂漠地帯に暮らすアボリジナルの人々と独自のネットワークを形成している数少ない日本人だ。

展覧会に来日したアーティストは2人の女性。Maureen Napaltjarri(以下モリーン)とN***a Kelly(以下Kumanytjayi)。そして、彼女達を遠路はるばるWatiyawanuから引率してきたアート・コーディネーターのグラニスだった。彼女達が日本に到着する当日、展覧会の主催者である内田さんをはじめ、運営スタッフと僕達は彼女達を出迎えるべく関西国際空港の到着ロビーで待っていた。オーストラリアの先住民アボリジナルが来日するという事で、TVのカメラスタッフがスタンバイしているせいか、通り過ぎて行く人たちが怪訝な表情で振り返っていた。

到着ゲートが開き、グラニスを先導に2名のアーティストがカートを押しながら到着ロビーへとやってきた。グラニスは2度目の日本だったが、モリーンとKumanytjayiは初めての日本。というか初めての海外の風景に、かなりおっかなびっくりといった表情だ。この時は何を話すという事も無く、滞在するホテルへと足を運ぶ彼女達を見送った。

その後、モリーンとKumanytjayiとは、大阪の北港を遊覧する船の上で再会した。海を見た事が無いであろう2人に、イベント主催者からの粋な計らいだ。早速、彼女達と片言の英語で会話を始めるが、なかなか思うようにコミュニケーションは取れない。2人も見ず知らずの日本人に対して警戒心があったのだろうし、僕もかなり緊張していた様な気がする。船のへりにある手すりに肘掛け、無言のまま海を見続ける2人。故郷の事を思ってか、少し寂しげな表情を浮かべていた。そんな彼女達を見守っている間に、船は発着場に着いていた。

モリーン、Kumanytjayiの滞在期間中、時間があればイベント会場に足を運び、コミュニケーションを取るように心がけた。その成果もあってか、徐々に2人の表情は和いできていた。しかしイベントによる疲れなのか、故郷を思ってなのか2人ともどこか物憂げな表情をしていた。そんな2人へのビッグ・サプライズとして、あるお土産を手にホテルへと向かっていた。それはジャッキー・チェンとブルース・リーのキャラクター・グッズだ。なぜそんな物を?と思う人もいるかも知れない。なぜかと言うと、僕はお土産を選ぶ前に、2人が一番喜ぶ物は何?とグラニスに聞いてみたのだ。するとグラニスが、コミュニティに暮らすアボリジナルはカンフー映画をよく見ていて、特にジャッキー・チェンとブルース・リーのファンが多いと聞いていたからだ。

モリーンとKumanytjayiに紙袋を手渡す。ガサゴソと包み紙を開けた途端、「ジャッキー・チェーーン!!!」、「ブルース・リーーー!!!」と2人の絶叫が部屋中にこだました。先程まで表情が曇っていた2人にも、これには効果てきめん。一瞬にして上機嫌だ。あまりの切り替えしの早さに半ば呆然と2人を眺めていると、モリーンが一言口走った。

「You are Tjakamarra!」

えっ、Tjakamarraってなに?と唖然としていると、グラニスが「モリーンがあなたにスキン・ネームをあげたのよ。モリーンのスキン・ネームはNapaltjarriだからあなたの奥さんになるわね。ちなみに私もNapaltjarriだから私の旦那っていうことになるわね。」と説明してくれた。さらにグラニスが、「あなたって本当にアボリジナルの事が好きなのね。良かったらWatiyawanuで働かない?」

今、4WDのハンドルを握る僕の目の前にはフロントガラス越しに近づきつつあるWatiyawanuコミュニティが見えている。数ヶ月前にはアボリジナル・コミュニティに行く事なんて、全く想像する事が出来なかった。Watiyawanuを目前に、そのきっかけとなった日本での出来事が、ふと僕の脳裏を駆け巡ってきた。

砂漠からの招待が偶然だったのか必然だったのか、今は分からない。さらに僕の人生がWatiyawanuで暮らし始める事で、どの様に変わっていくかも分からない。ただ僕が日本を出発する時に心に決めた事、「何が起こるかわからないけれど、コミュニティ・ライフを楽しもう!」このシンプルな気持ちを思い出しながらWatiyawanuに車を走り入れた。

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