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Research 林 Jeremy Loop Roots
大八木 一秀 / イダキ奏者
レッド・センター 砂漠のアボリジナルと住む

【空回りの初日】

アボリジナル男性が亡くなられた次の日、いつもと違った気持ちで朝を迎えた。今日からアボリジナルの伝統的なお葬式(以下ソーリー・ビジネス)が始まると昨晩に聞き、漠然と「ソーリー・ビジネスってどんなことをするんやろ?」と、いまだかつて経験したことのない出来事に興奮と不安の入り混じった複雑な気持ちでいた。

介護施設にいつもと同じように向かうが、今朝はちょっとばかりすることが違う。施設で暮らす数人のお年寄りが、ソーリー・ビジネスを行う場所(以下ソーリー・キャンプ)へ朝食の前に引っ越すのだ。施設に入るとフェイとベティおばあちゃんがソーリー・キャンプに持って行く荷物について話をしていて、フェイはちょっと苦い顔をしている。どうやらベティおばあちゃんがパイプ・ベッドを含めて、かなり大量の荷物を持っていこうとしていたのだ。二人のやりとりをしばらく見守っていると、最終的にはフェイが折れ、ベティおばあちゃんの要求を全て引き受けたようだった。話しもまとまったみたいなので、ベティおばあちゃんに

Watiyawanuの風景
Watiyawanuで暮らすアボリジナル(特にお年寄り)は、カウンシルが管理している家があるものの、一日の大半を外で過ごすことが多い。そのためか自分たちの荷物を家にあまり置かず、自然にあるものを上手く利用して収納場所を作っている。

「ベティおばあちゃんの荷物ってどれ?車に積み込んでいくよ」

「カズ、まだ行かないよ。先に朝ごはんを食べるから」

「えっ!?そうなんや。じゃあ、朝ごはんを作ってくるから、その間)荷物をまとめておいてね」

そう言い残して、フェイと共に施設を後にした。「確か朝食の前に引越しをするはずじゃなかったっけ?」昨日聞いていた話と違って、ちょっと肩すかしをくったような気分になった。

「ところでフェイ、誰がソーリー・キャンプに引っ越すんかな?」

「ベティにヌンティ、それにコリーン(ビルの奥さん)も行くみたいよ」

「ソーリー・ビジネスってコミュニティに住むアボリジナル全員が参加をするの?」

「私も詳しくは分からないけど、基本的に成人女性が儀礼を行うみたいね。それも全員が参加するわけではなく、スキン・ネームのグループとかが関係しているんじゃないかしら?」

フェイの受け応えは淡々としていて、普段とあまり変わらないような気がする。というか、ベティおばあちゃんも含め、今朝に会った人たちもみんな一様に普段どおりの様子なのだ。フェイやみんなの落ち着きぶりを見ていると、自分一人だけが浮き足だっているような気持ちになったので彼女に、

「今日からソーリー・ビジネスが始まるんだよね?でもフェイはすごく落ち着いているように見えるけどどうしてなの?」

「私はコミュニティで長く暮らしている間、多くのアボリジナルの死(ソーリー・ビジネス)を見てきたの。だからといってはなんだけど、そういうことには慣れているのよ。彼らの伝統的な文化には敬意を持っているし、できる限りのサポートはするつもりよ。でも、ソーリー・ビジネスの期間中に近隣のコミュニティから多くのアボリジナルが訪れるの。彼らは時としてトラブルも一緒に持ちこむことがあるから、全てを肯定はできないのよ」

「なんかいろいろと大変やねんな」

「まあ、いろいろとあるわよ」

フェイは今までに経験してきたことを懐かしく思い出しているかのように、こころもちゆっくりと話してくれた。彼女の言葉は、コミュニティを訪れる訪問者のアボリジナルに対する目線ではない、長くコミュニティでアボリジナルと生活を共にしてきた彼女ならではの重みがあった。「自分もいつかはそんな風に思うようになるのかなぁ?」朝ごはんを手に再びベティおばあちゃんの所へと戻ると、荷物は全く整理されておらず、しかもベッドの上でくつろいでいる。あれれっ?てっきり整理は終わっていると思っていたので、またまた拍子抜けをしてしまった。

その後朝食を食べ終え、お昼を食べ終えても相変わらず動く気配がない。「いつになったら引越しをするんやろ?」ストアーで働いている間もそのことが気になってしかたがない。そして仕事の手が空けば、施設に足を運びおばあちゃんたちに聞いてみるが、「まだ行かない」の一点張りだ。やがて夕飯の時間となり、全く動く素振りのない二人を見て、「今日はもう引越しをしないんやろなぁ」とごはんの準備をしにキッチンに行こうとしたときだった。

「カズ、今からソーリー・キャンプへ行くから荷物を積んでいって」

ベティおばあちゃんとヌンティおばあちゃんは、今までのゆったりした仕草からは想像もできないぐらい機敏に動きだした。「えっ!?今から引越しするの?」とあっけにとられて二人の姿を眺めている僕をよそに、二人は荷物をまとめ終えるとさっさと車に乗り込んでいった。「こうなったらしゃあないな」と黙々と荷物を積み込むものの、僕の頭は依然として「なんで今から!?」のままだった。

お互いの動き出すタイミングのズレに多少のとまどいもあったが、「ソーリー・キャンプに行ける!」という期待に当初のとまどいは、いつの間にかどこかワクワクした気持ちに変わっていった。ベティ、ヌンティおばあちゃんは互いに口を開かないものの表情は穏やかで、これからソーリー・キャンプに行くようにはおよそ思えない。ふと、この二人は今から町までドライブにでかけるんじゃないか?と錯覚するほど気楽な雰囲気が車内には漂っていた。

ヌンティおばあちゃんの案内で車を走らせること数分。小学校の運動場ぐらいの広さがある場所の一点に、10人ぐらいの女性たちが固まって座っていた。そしてヌンティがその方向を指差し、

「あそこで車を停めて」と話しかけてきた。

「えっ!ソーリー・キャンプってこんなに近いの!?」

てっきりコミュニティから遠く離れたブッシュのド真ん中にあると思っていたが、そこは意外にもコミュニティに隣接した場所にあったのだ。女性たちが集まっている所で車を停め二人の荷物を全て下ろし、

「じゃあ今から夜ごはんを作ってくるから」と、帰ろうとすると、

「夜ごはんは済ませたからもう帰っていいわよ」と、素っ気なく話すヌンティおばあちゃん。

なんとか無事に引越しが終わり張り詰めていたものがフッと切れたのと、一人で空回りしていたような気分とが相まって急に疲れがでてきた。しかしその疲れはフェイの家で明日からの予定を聞くと、一気にフッとんでしまった!それはソーリー・ビジネスが終わるまで、ごはんを毎回届けに行くということを聞いたからだ。「ソーリー・ビジネスの雰囲気を間近で感じることができるんだ!」心の中でガッツポーズをとったが、その後思わぬ展開になろうとはこのときはまだ知るよしもなかった。

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