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Research 林 Jeremy Loop Roots
大八木 一秀 / イダキ奏者
レッド・センター 砂漠のアボリジナルと住む

【招かれざる日本人】

ベティおばあちゃんとヌンティおばあちゃんの引越しが無事に終わり、今日から朝食はソーリー・キャンプへと運ぶことになった。「もうソーリー・ビジネスって始まっているんやろか?」恐いもの見たさというか、少しソワソワした気持ちで、フェイと共にソーリー・キャンプへ向かった。

ソーリー・キャンプでは、2〜3人の女性たちがたき火を囲んでいて、彼女たちの背後には風除けのためのブルーシートがタープのように張られていた。ソーリー・キャンプはコミュニティ内にあるものの、キャンプサイトの背後は見渡す限りの大自然が広がっている。たき火を中心に人が集まり、大空に煙が吸い込まれていく風景は、まるで一枚の絵画を見ているかのようだった。しかし徐々に彼女たちに近づき、そこにいるみんなの姿がはっきり目に飛び込んでくるとハッ!となった。 10人ほどいた女性たちはみな、上半身は裸で、髪の毛を短く切り、白いオーカー(石を細かく砕き、水で溶いた天然の顔料)が顔と上半身に塗られていたのだ。

普段見慣れない彼女たちの出で立ちに驚いた僕は、ギコチなくベティおばあちゃんとヌンティおばあちゃんに朝食を渡す間、まともに彼女たちを見ることができなかった。しかし、みんなの視線が僕に向けられていることは猛烈に感じる。「完全に場違いやわ」と恐縮しきっている僕に追い打ちをかけるかのように、ヒソヒソと話し声が聞こえてくる。中途半端な気持ちでアボリジナルの儀礼を行う場所に足を踏み込んだ自分に、痛切に後ろめたさを感じていた!!

ごはんを渡し終えると、ベティおばあちゃんが、

「早く帰りなさい」

と、言ってきたので、僕は逃げるように車に乗り込んだ。僕は車の中で「フェイ早く戻ってきてくれへんかなぁ」と、早くこの場を立ち去りたい思いにかられていた。フェイが車に戻ってきて、心配そうな表情を僕に向け、

「大丈夫?カズ。すぐに慣れてくるわよ。でも特に用事のないときは近寄らない方がいいわね」

「・・・うん、そうだね」

みんなの普段の食事
プラスチック容器の底にひかれているのは缶詰のスパゲッティだ。みんなはいつも残さず食べていたので、ミート・ソースのスパゲッティは好きなのかと思い、ひき肉を使い本格的なスパゲッティを作ってみた。しかしこれが不評で多くのお年寄りが残していた。ガクッ!

朝食の時間が終わりストアー働いている間、気が気ではなかった。ここ最近、夕飯の準備は全面的に僕にまかされていたので、夜ごはんのときには一人でソーリー・キャンプにいかなければいけない。ごはんをおばあちゃんたちに運ぶという公然の用事があるにもかかわらず、逆にそれがつらいという気持ちになった。

今朝ソーリー・キャンプに行くまでの自分の気持ちと、今の自分の気持ちのギャップに戸惑いを感じつつ夕飯の時間がやってきた。

「ちょっと気合いを入れていかなあかんな」思わずアクセルを踏む足にも力が入る。ソーリー・キャンプに入ると辺りはシーンと静まりかえっていて、車のエンジン音だけがやたらと大きく聞こえてくる。陽が沈みかけると風が徐々に強く吹いて、砂埃を巻き上げるのでソーリー・キャンプは荒涼とした雰囲気に包まれている。そこはコミュニティ内にあるのに、それでいてどこかコミュニティとは遠く離れた場所にあるように思えた。

みんなが寝ている場所から少し離れた所に車を停め、ヌンティおばあちゃんとベティおばあちゃんの寝床に歩いていく。二人ともベッドの上で寝そべっていて、僕が来たことを知るとムクッと起き上がり、一言もしゃべらずにごはんを受け取った。二人から話しかけてくる気配がないので、せめて僕からなにか話そうと、

「ヌンティ、なにか必要なモノってある?」

「Kapi(水)」

と、必要最低限の言葉だけが返ってきた。「この雰囲気は重苦しすぎる」足早にこの場を去ろうと車に乗り込むと、少し離れた場所から「カズーーーッ!」と一人の男性の声が聞こえてきた。

声のした方向を見るとドレッド・ヘアーのおっちゃん、ジェリーが大声と共に大きく手招きをしていた。彼の所に行くと、まだ地面から生えている3mほどの木を中心に、頂点からすそに広がるようにぐるりと何本もの木を立てかけ、それぞれの木と木のすきまを葉っぱのついた枝でふさがれた、ティピィのような簡易住居の中に僕を招き入れてくれた。

大人二人が入るには少し窮屈だったが、風を強く感じないので意外に居心地がいい。なによりもテントのような居住空間に気持ちが落ち着く。「昔はこんな風にして暮らしていたんかな?」思わず白人入植以前の時代にタイム・スリップした気分になった。

スピ二フィックス
ティピのような簡易住居の骨組みの隙間には、葉の先が鋭く尖ったスピニフィックスも積まれていた。この植物は土中から引っこ抜きやすく、適度に土もついてくるので風で飛んでいく心配もない。自然にあるもの上手く使っているアボリジナルは、さしずめキャンプの達人と言えるだろう。

「夜ごはんを配ってきたのか?」

「うん。でも、みんないつもとは違う雰囲気で行くのがちょっと恐いねん」

「そうか」

ジェリーはソーリー・キャンプにいるものの張り詰めた雰囲気はなく、普段の彼と変わらない様子だった。簡易住居のリラックス感と、彼の表情を見て僕の気持ちが少し安らぎ、

「ソーリー・ビジネスってもう始まっているの?みんなはどんなことをやっているの?いつ終わるの?」 矢継ぎ早に質問が口に付いた。

「ソーリー・ビジネスはもう始まっている。でも、いつ終わるかはオレにも分からないな」 と言った後、厳然な口調で

「その内容を話すことは出来ない。カズにはまだ早すぎるんだ。もし、お前がそれを知ってしまったらトラブルを招くことになる」

ジェリーの話を聞いてトラブルを招く理由を知りたかったが、真剣な顔つきで話している彼の表情が、これ以上のことを聞こうとする僕の気持ちを押さえつけた。しかし、彼の真剣な眼差しの奥には優しさも宿っている。その表情を見たときに、フッと僕の気持ちが開放されたように感じた。

思えば、「恐い」と感じていた僕の気持ちは、おそらく「アボリジナルではない自分がソーリー・キャンプに訪れてはいけない」と、アボリジナルから拒絶されているように考えていたからだと思う。確かにヌンティおばあちゃんやベティおばあちゃんとの距離は感じたが、ジェリーとは全く感じることがなかった。しかも右も左も分からない僕に対して、様々な情報を教えてくれる。ほんの数分のジェリーとのやりとりで、明日からはまた違った気持ちでソーリー・キャンプに来ることができるように思えたのだ。

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