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Research 林 Jeremy Loop Roots
大八木 一秀 / イダキ奏者
レッド・センター 砂漠のアボリジナルと住む

【砂漠の狩人】

都会から遠く離れ、大自然に囲まれたWatiyawanuコミュニティで暮らすアボリジナルが、未だに狩猟採集だけで暮らしているかと言うとそんなことは無い。日々の食料の大半を、コミュニティ内に一軒だけある食料雑貨ストアーで購入し、お腹を満たしている。だからといって、全く狩りに行かないかと言うとそんな事も無い。ブッシュ・タッカー(野生の食料)が採れる季節には、みんなで車に乗り込み、大地を駆け巡る。今日はそんな狩りに、日本で僕が出会ったモリーンと数人のアボリジナルが、子供達と僕達をブッシュに連れて行ってくれる事になっていた。

カンガルーのしっぽ
オーストラリアのレストランでカンガルーのステーキを食べれるとは思うけれども、「しっぽ」はなかなかお目にはかかれないだろう。市販価格は一本で$7(日本円でおよそ700円)。
狩りに行くメンバーを車で迎えに行く前に、僕はストアーへと買い出しに行った。ティー・バッグ、砂糖、ミルク、水などはアリス・スプリングスで買い揃えていたのだが、そこでは買えない「彼らの大好物」を購入する為だ。冷凍庫の扉を開け、棚の一番下に視線を落とすと、「それ」はダンボールの箱に山積みにされていた。視線の先には…、カンガルーのしっぽ!カンガルーの肉が、彼らの大好物である事は想像が付く。その昔は狩猟採集で生活してきたアボリジナルだ。大地を疾走するカンガルーを、槍と槍投げ器だけで狩るのは難しく、その肉はかなり貴重だったに違いない。

けれども…、まさかコミュニティのストアーでそんな物が販売されているとは…。かなりシュールな光景が僕の眼下に広がっていた。

カンガルーのしっぽを数本購入し、狩りに連れて行ってくれるアボリジナルを車で迎えに行く。狩りに行く事は、既に彼女達に伝えているし、結構乗り気だった。が、彼女達が待っている場所に着いても、全くそんな素振りがない。「こっちは今から狩りにいくで!」とかなり盛り上がっているのに、彼女達の反応は「おっ、今から行くの?」といった感じだ。もちろん狩りに行く準備など全くしていない。「こんなんでホンマ大丈夫なん?」と思ったのも束の間、彼女達の行動、というか指示がキビキビとしてきた。

「これとそれは後ろに積んで、これはあたしが持っておくから前に積んでおいてね」と言い残したきり、車に乗り込んだ。そして車の中から「早く荷物積め」「それはいらん」「なにやってんだ」と今すぐにでも出発しろといった雰囲気だ。「あんたら今までなんの準備もしてへんかったやん」と彼女達の豹変ぶりに戸惑いながら、ひたすら荷物を車に積み込む。その荷物の中で、一際僕の目に止まったのが、地面を掘り起こす為に使われる鉄の棒Kurupaだった。長さは1m程で直径は1.5cm程。男の僕が持っても結構ずっしりとくる重さだ。 トカゲの内臓を抜く
右端に見える棒がKurupa。扇状に薄く広がっている先端は、「刃」という程鋭くは無いが、重みを利用して突き刺せば、2〜3cm程度の根っこならば簡単に切る事が出来る。

先端をよく見ると平たく扇状に加工されている。車での移動と鉄の棒での狩り。文明社会とは遠く離れたコミュニティ内で暮らすアボリジナルも、現代を生きているんだという事を感じさせてくれる。

狩り場へは草がうっそうと生い茂った道なき道(ブッシュ・ロード)を進んで行く。以前に車が通ったであろうと思われる、大地に残されたわずかな轍を目印に車を走らせる。といっても、轍は草木に邪魔をされてかなり見づらい。しかし、モリーンは「そっちじゃないこっちだ」「そこは窪みがあるから気をつけろ」「ここは速度を落とせ」と色々な情報を教えてくれる。目が良いのか、道を記憶しているのか定かではないが、彼女にとって庭みたいな感覚なんだろう。だが、普段平坦で至る所に標識のある都会の道に慣れ親しんでいる僕にとっては、大地の表面を読み取る作業はかなり困難な事だった。やがて少し開けた場所に出た。モリーンの顔を見ると、どうやらここが狩り場らしい。

車を降りるとモリーン達はKurupaを片手に、それぞれに広大な自然の中に溶け込むような足取りで歩き始めた。モリーンの横顔を見ると、車内ではしゃいでいた時とは明らかに異なる雰囲気が出ていた。大地を一歩一歩踏みしめて行くモリーンの姿はどこか力強い。その光景を眺めていると、彼女達の祖先がこの地で狩りを営んできた時代にタイム・スリップしたかの様な錯覚にとらわれた。そして、砂漠の狩人がこの時代に生きていると感じた時、妙に体の奥底がじんわりと熱くなった様な気がした。それは、人間が本来持っているであろう、野性的な本能に訴えかけてくる感覚だった。遠くの方から別の狩人が「トカゲを獲った!」と叫んでいる。僕達はその狩人と合流し、火を起こしている場所へと向かった。

トカゲの丸焼き
トカゲの内臓を脇腹から抜いている所。今回は「伝統的な調理法方」という事でナイフ等は使わずにさばいてくれた。
トカゲをさばいてくれたのは、メンバーの中でも、ボス的な雰囲気を濃厚に身にまとったWentja Napaltjarri(以下Wentja)という女性だった。トカゲを裏返して、お腹の上に片手一握り分ぐらいの砂を被せる。そして両手の親指の腹で、喉からしっぽに向けてトカゲのお腹を砂と共に何度も押し滑らせる。するとトカゲの胴体としっぽの境目にあるお尻から、腸の中の内容物が押し出されてくる。それを出しきると、次ぎはトカゲの前足の脇から木の枝を差込み、わずかな隙間から内臓を取り出す。

一通りの作業を終えると彼女が「これが伝統的なトカゲのさばきかたなのよ」と教えてくれた。そしておもむろに燃え盛る炎の中にトカゲを放り込んだ。直火焼きこの上無く、かなりワイルドだ。炎はみるみるトカゲの表面を焦がしていく。「このまま焼いても焦げるだけで、中身は生やで」と心配しかけた頃、彼女が炎の中からトカゲを取り出し、掘られた穴にトカゲを入れる。そして、真っ赤に燃えている炭をトカゲの周辺に敷き詰め、最後に砂を被せた。熾き火焼きという調理方法だろう。

そのまま放置する事およそ15分。Wentjaが土中から少しだけはみ出していたしっぽを掴むと一気に引きずり出した。木の枝で表面の砂や焦げを払い落とし、肉を引きちぎり微笑みながら僕に手渡してくれた。

人生で初めてトカゲを食べるのに、不思議となんの躊躇も無く自然と食べていた。以前、なにかのテレビ番組で「トカゲの肉は鶏肉みたいだ」というのを見た事がる。が、僕の味覚は鶏肉以上のおいしさを感じていた。確かにトカゲの肉は鶏肉と同じく白身だった。けれども鶏肉ほどに淡白過ぎず、しっかりとした味がある。おそらくその味の正体はトカゲの脂だろう。適度な脂があるために、肉のパサパサ感が全く無く、噛み締める度に口の中いっぱいに旨味が広がる。

僕がおいしそうにトカゲを食べているのを見て、Wentjaもまんざらではない表情で僕を見つめている。その手にはいつのまに調理したのか、カンガルーのしっぽが握られていた!しかもほぼ食べ終わっている…。

トカゲの内臓を抜く
トカゲの丸焼き。熱で膨張しているのか、表面がはちきれそうなぐらいにプリプリとしている。焦げている皮を剥くと、見た目からは想像出来ないぐらいの白身のお肉が現れる。しっぽの部分は特に身が引き締まっていて絶品!

調理の仕方や味に興味があったのだけれども仕方が無い。残ったトカゲの肉を食べていると、モリーン達が自分達の荷物を車に積み込み始めた。「まだトカゲを食べているのに、もうちょっと待ってや!」という僕の不満はモリーンの一言で俄然やる気に変わった。

「次はMakuよ!」

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