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Research 林 Jeremy Loop Roots
大八木 一秀 / イダキ奏者
レッド・センター 砂漠のアボリジナルと住む

【マッハ・ゴー・ゴー】

アリススプリングスの空港
雲一つない澄み切った青空。オーストラリアの青空は、いつも僕の心を解放的な気持ちににしてくれる。
メルボルンから空路でアリス・スプリングスに到着すると、雨のメルボルンとは一転して雲一つ無い快晴だった。飛行機を出ると直射日光がジリジリと肌に突き刺さってくる。

アリス・スプリングス空港は、到着ゲートに通じる連絡通路が飛行機に接続されないので、飛行機から足を一歩踏み出すとすぐに現地の空気を味わえるのだ。屋外の明るさに眩暈を感じながらタラップを一段、一段と降りる。

空港内に入ると、前方の到着ロビーからしきりに手をこちらに振っている女性の姿が見える。彼女の名前はGlenis Wilkins(以下グラニス)。久しぶりの再会に、両手を大きく広げ、温かく抱擁をしてくれた。Watiyawanuへ行く前にアリス・スプリングスにある彼女の家に行く事になっていたので、空港まで迎えに来てくれたのだ。

港内を出ると、グラニスが「カズ、あなたのために特別な車で来たわよ」とレトロな車の前で手招きをしている。彼女に促されて助手席に座ると、そこには見慣れない計器類の数々。室内には乗用車とは一味違う異様さが漂う。「まっ、レトロな車なんだから」と思いつつも、なぜか僕の中の警告音が猛烈に鳴り始める。そして、グラニスが笑みを浮かべながらエンジンをかけた。

ガオーン!ガボッ!ガボッボッボッボッボ!

Glenis Wilkins
Watiyawanuに暮らすアボリジナルから絶対的な信頼を持つグラニス。彼女の優しさは人種の壁を超えて心に響く。
グラニスのクラッシックレースカー
この車、正式名称は「1928 mode A Business Coupe」。なんと79年前の車だ。3速オート・マニュアルで450馬力も持つモンスター・マシン!グラニスのお気に入りの車だ。

低く唸るエンジン音。運転席の4 点式シートベルト。異彩を放つタコメーター。僕の不安は的中。見た目のレトロさからは想像が付かないが、スピード・レース専用の車だったのだ!僕の恐怖心を煽るかのように笑いながらアクセルをグイグイと吹かしまくるグラニス。その笑みを見た瞬間、僕の体は自然とシートベルトを探していた。身の危険を感じると冷静に体を守ろうと行動しているから不思議だ。シートベルトを着けて落ち着く間も無く、彼女の「Let's go!」の一声で、シグナルが青に変わった!

空港を出て直線の道路に入ると、ギア・チェンジに連動してグラニスのテンションは確実に上がってきている。ハンドルを握る彼女をちらりと見ると、レーサーの顔になっている!走っている公道の法定速度は100Km/h。が、「明らかに法定スピードを超えてるやん!」というつっこみは、エンジンの爆音に一蹴される。喜々として運転する彼女の目は、ゴール前のチェッカー・フラッグが見えているかのようだった。

グラニスの家に着いた時、絶叫マシーンに乗った後みたいに、僕の手の平はじんわりと汗ばんでいた。興奮冷めやらぬままにグラニスの家に入るとさらなる衝撃が僕を貫いた。そこには、先日グアン邸で見たコレクションに劣らないほどのアボリジナル・アートや工芸品が並んでいる!ディジュリドゥは無かったのだが、砂漠地帯に見られる彫刻や装飾品が無造作に置かれ、壁を埋め尽くす程数多くの点描画(ドット・ペインティング)が掛けられていた。「いったいどれぐらいのアボリジナルに関するグッズを持っているの?」という以前グアン邸で感じたのと同じ気持ちになっていた。

しばらくの間、グラニスのコレクションを堪能させてもらう。気が付くとグラニスがお茶の準備をしてくれていた。椅子に座り一呼吸を置くと、ようやく気持ちが落ち着いてきた。度肝を抜かれた演出であったけれども、僕に対する彼女の心配りは終始優しく、歓迎されているのが素直に僕の心に伝わってくる。と同時に、この人に身を預けても大丈夫だろうなという安心感が芽生えてきた。

砂漠のアボリジナルアート
グラニス・コレクションのほんの一部。彼女がWatiyawanuに暮らし始めた16年前ぐらいから収集を始めた総数は、グラニス自身分からないみたいだ。

お茶を飲みながらグラニスと話をして、おおまかにこれからの予定などがまとまってきたので彼女の家を出る事にした。アリス・スプリングスの市内で宿を取り、Watiyawanuに行く最終準備をするためだ。別れ際に、

「車に乗っけてくれてありがとう。とっても楽しかった。」

「じゃ、今度一緒にレースに参加する?」

「No, Thanks.」

ちょっと残念そうなグラニスにWatiyawanuで会おうと告げ、市内へと向かった。

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