5. MAGO - Gunborrkのディジュリドゥの特徴
西部アーネム・ランドから中央アーネム・ランドにかけてGunborrkの伴奏に使うディジュリドゥは、「Mago(Magu/Mako)」と呼ばれている。発音は「Ma:go」とアをのばして発音される。主に現地でイエロー・ボックスと呼ばれる種類の、繊維が入り組んだ、硬質のユーカリが使われ、比較的短く、内部の空洞が大きめ、そして薄めに削られた楽器が使われる事が多い。
このような楽器はよりルーズに、ダイナミックに唇が振動する。非常にオープンな音質で、「ドローン(持続低音)」の倍音は豊か、そしてそのサウンドはよく「渦巻く風」に例えられる。北東/中央アーネム・ランドのディジュリドゥの演奏の最大の特徴である「プー」というトランペットのような音「トゥーツ(ホーン)」は、Gunborrkでは使われない。また高い声を使った「コール」と呼ばれる演奏技術も使われない(David Blanasiのディジュリドゥ・ソロでは聞くことができるが、伝統的な唄の伴奏では使われない)。
つまり、Gunborrkではドローンのみで全ての楽曲の伴奏をするという事になる。これは一体何を意味するのか?それを掘り下げるために、逆に「トゥーツ」と「コール」は北東アーネム・ランドではどういうふうに使われるのかというのを調べてみたい。
「トゥーツ」と「コール」。この二種類の音色は、風にたとえられるフラットな印象の音である「ドローン」から抜き出て来るような印象を受ける。ようするにドローン音よりも目立つ。という事はディジュリドゥの音を聞いて踊るダンサー達や、曲展開をにぎっているソングマンにとっても、はっきりと認識しやすい音色と言える。だから、即興性を重要視した音楽性を持つ北東アーネム・ランドの楽曲ではドローン音ではなく、トゥーツやコールをディジュリドゥ側からの合図として、次の曲展開、具体的にはブレイクもしくはエンディングへと進む場合などに使われる(曲によって様々なバリエーションがある)。他にもコールなどは動物の鳴き声などを模写して使われる事もある。ようするにこの二種類の音色は、ソングマン、ダンサー、ディジュリドゥ奏者、この三者間での即興性を高めるための合図として使われている。
それでは、逆にこの二種類の音を使わないGunborrkの楽曲は一体どうなっているのだろう?その答えは「曲の展開が完全に決められている」という事だ。曲展開やある特定のリズムパターンの部分の尺が完全に決まっているため、ディジュリドゥ奏者が決まった尺の中でリズムパターンを自由に遊ぶことはあっても、ディジュリドゥ側から即興的に曲展開にアプローチする必要がない。これがGunborrkのディジュリドゥ演奏の最大の特徴といえる。なぜかというとこの点にディジュリドゥ奏者の意識が集中しているであろうと思えるからだ。
そのため、東アーネム・ランドのディジュリドゥの演奏には楽曲に深く関わる音楽的センスと高度なリズム感覚が必要とされる。そして西アーネム・ランドのディジュリドゥ奏者は曲を完全に覚える記憶力とブルースにも似たソングマンの曲調にぴったりと寄り添うような叙情的な感覚が不可欠と言える。
そう考えると、Gunborrkではソングマンは唄をうたいながらも、指揮者としてダンスとディジュリドゥの演奏の両方を導くという立場にある事がわかる。さらに、Corroboreeの演奏で使うディジュリドゥを選ぶ権利はソングマンにある点も非常に興味深い。これは低音から高音まで幅広いメロディー展開をするGunborrkソングを歌う場合、ソングマンの声の高さに合う音程のディジュリドゥじゃないとかなり歌いづらいからだ。グループ全体と楽曲に関してソングマンの支配権が非常に強いソング・スタイルだと言える。
これを裏付ける言葉として、アーネム・ランド全体を通じてディジュリドゥ奏者が口にする言葉がある。「クラップスティックをしっかり聞け!そしてそれをフォローするんだ。」これこそがアボリジナルのディジュリドゥ奏者が曲の伴奏中に意識している点であり、ソングマンがCorroboreeの中心だという事を証明する言葉だと思う。
また、余談ではあるが東西アーネム・ランドのディジュリドゥの演奏スタイルの違いについての逸話がある。北東アーネム・ランドが輩出したロック・バンド「Yothu Yindi」の初代ディジュリドゥ奏者Milkayngu Munungularrの自宅を訪ねて、レッスンしてもらった時に西と東のディジュリドゥの演奏スタイルの違いについて聞いた。そうすると「俺たちヨォルングの舌の動きはHard Tongue(激しい舌の動き)だ。そして西の演奏スタイルではSoft Tongue(やわらかいスムーズな舌の動き)なんだ。」と答えた。そこでさらに「舌の動き以外で違う部分は?」とつっこんで聞くと「That's all(それだけだよ)」と言い、実際にデモンストレートしてくれた。音を聞けば、まさに彼の言うとおりだった。
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