4. 樹皮画に見られる特徴 〜クロスハッチング〜
僕がオーストラリアの美術館やアート・ギャラリーに連日、足を運んでいた頃、僕の目に何度となく飛び込んできた鮮烈な樹皮画の表現手法がある。それは赤茶、白、黄、黒色の極細の平行線が緻密に交差するように描かれたクロスハッチングという技法だ。この技法は絵画の一部分だけに施されたり、画面全体を覆いつくすように施されたりとさまざまではあるが、その存在感には思わず目を奪われてしまう。そしてこの技法は絵画や彫刻だけに限らずディジュリドゥにもしばしば描かれてもいるのでご存知の方は案外多いかもしれない。
その後、一体どうやって緻密なクロスハッチングが描きだされていくのだろうか?と疑問に思っていた矢先、偶然訪れたアボリジナルの村でアーティストがクロスハッチングを描いている光景を見ることができた。「これで謎が今解き明かされる!」と、高まる気持ちを抑えながらその光景にくいついていた。と同時に一抹の不安が脳裏をかすめた。
というのは、この村を訪れる前にある知人から、「クロスハッチングを描く時に使われる筆は特別なもので、人の髪の毛を束ねたものが使われたりするんだけれど、なかでも日本人の髪の毛はコシがあって直毛やから使いやすいらしいで。」と聞いた事があったからだ。その記憶が頭のなかをよぎった瞬間に、「もしかして自分の髪の毛を切られるんじゃないか?」と不安になったのだが、彼がおもむろに取り出したのは市販されている筆だった。これには安心したような、でも少し残念なような複雑な気持ちが残った。
そのまま作業を見続けていると、まず彼は筆にたっぷりの絵の具(ちなみにこれも市販のアクリル絵の具だった)を含ませ、キャンバスに筆の先端をぺったりと寝かせるようにして手元におき、それを手元から徐々に手を伸ばすようにして前に筆を滑らせて行く。この描き方には正直少し驚いた。なぜなら、僕が頭に思い描いていたのはクロスハッチングを描く時には、筆を横に滑らしていくのだろうという固定概念があったからだ。そんな驚きをよそに、彼は黙々と筆を滑らせていく。まさに「筆を滑らせる」という表現が本当にぴったりで、この手法だとなぜか手が震えて線がぶれるという事が少なく、スーッとまっすぐの線を描く事ができるから不思議だ。
一つの色を描き終えるとその色が乾くまでしばし休憩。大きなマグカップで飲み物をグイッと飲み、乾き終わると違う色でその乾いた線の上を交差させていき、次々と画面を覆っていく。そしてクロスハッチングが書き加えられた絵には、まるで生命を吹き込まれたかの様に生き生きとした表情が画面全体に溢れていた!それは描かれたモチーフが絵画という一枚の世界のなかで、交差する線が流動的な動きを持ち、揺らめき輝くような感覚だった。 (この時はあまりにクロスハッチングを凝視しつづけていたため目がチカチカとしていたからなのかもしれない)。
さらにクロスハッチングという技法には、下地から数えると一範囲において合計で三色もの色が交互に使用されているため、平面絵画でありながら、非常に立体的であり、躍動感に魅せられる。そこには描かれるモチーフによっては祖先とのつながりをもたらすといった極めてスピリチュアルな要素も含まれている。それは神話のなかの精霊が始めて地上に現れた時の体の模様がクロスハッチングであったことに由来するのだという。
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