2. 音源に残るディジュリドゥ・マスターの倍音のきらめき
その後、僕の中のモヤモヤはドンドンふくらむ一方だった。唯一の手がかりであるアルバム「Didjeridu Master」を録音したのは1998年。Davidが1930年代生まれとされているので、録音当時少なくとも60代である事は間違いない。すでにオールドマンのサウンドという事だ。30代〜40代くらいのいわゆる「アブラのノリ切った時代」の彼の音ってどんなだったんだろうか?
そこでDavid Blanasiの経歴と、彼の音源が他にも無いか調べに調べた。そして意外とも思えるほど過去の様々な音源に出会う事ができた。中でもDavidの音が聞ける最古の音源として名高い名盤「Arnhem Land Popular Classics」を聞いた時はブッ飛んだ!そのコンピレーションでDavidが演奏している3曲を聞けば、「同一人物?」と耳を疑いたくなるほど猛烈に演奏にキレがあり、スムーズだ。何より倍音のきらめきの美しさは際立っている!録音されたのは1961-62年でDavidが30代の頃だ。
Darwinから海をはさんで西側のCox半島にあるBelyuenコミュニティのディジュリドゥ・マスター「Nicky Jorrock」と車のドライブ中にこのCDをかけた時、他の曲の時は「これ、俺できるよ」といったコメントだったのに、Davidの曲がかかるたびに「ん?このバンブーマン(ディジュリドゥ奏者)はいい!」とコメントしていたというエピソードがある。アボリジナルのディジュリドゥ奏者が認めるバンブーマンであるからこそ「ディジュリドゥ・マスター」と呼ばれるのだろう。
その後、ソングマンDjoli Laiwanga初のアルバムとしてLPとカセットで発売された「BAMYILI CORROBOREE -Songs of Djoli Laiwanga」(1976年)では、往年のDavidの演奏の原型になったと思われるダイナミズムが彼の演奏スタイルに付加されている。1967年に初めてイギリスに渡航してTV番組に出演したのを皮切りに、この頃のDavidはDjoli Laiwangaと共にひっきりなしに海外公演で飛び回っていた。そういった経験からかよりパフォーマンス性の強い演奏スタイルへと変化していったのかもしれない。激しく、渦巻き、うねるDavidのサウンドがここに極まっている。
「Bamyili Corroboree」は廃盤のため現在では入手が非常に困難だが、1979年のフランスでのライブ音源が残っており、Djoli Laiwangaが唄いDavid Blanasiがディジュリドゥを演奏するというセットで聞ける唯一のアルバムとなっている。タイトかつスピーディーで海外でのパフォーマンスという緊張をまったく感じさせない、自由でのびのびとした演奏を聞くことができる。
このようにして若い頃〜往年のDavidの音源を聞くことで、今度は逆に後期のアルバム「Didjeridu Master」のすばらしさがわかるようになった。アーネム・ランドを旅するとディジュリドゥが若者の楽器だという事がわかる。かつてディジュリドゥを演奏していた年長者たちがみなソングマンへと転向していく中、60代になってもいまだディジュリドゥを演奏し、若者のだれもが模倣しえない孤高のサウンドを紡ぎ出す。この姿こそがDavidがディジュリドゥ・マスターと呼ばれるゆえんだ。 |