【スキン・ネーム】 ―はじめに― Watiyawanuのアーティストたちが来日した際に、Maureen Napaltjarri(モリーン)というアボリジナル女性からTjakamarraというスキン・ネームを頂きました。Tjakamarraというのは、Pintupi/Luritja言語グループを第一言語とするアボリジナルの人々が主に使っているスキン・ネームの内の一つです。「名前をもらうことはどういうことなのか?」詳しいことまではよく分かりませんが、アボリジナルの社会において、スキン・ネームを持つことで自分の社会的な位置が明らかになると言えます。これから「レッド・センター / 砂漠のアボリジナルと住む」を、より深く読み進めて頂く上で、多少なりともスキン・ネームのことについて知って頂ければと思い、「専門用語解説」として紹介させて頂きます。 ただ、スキン・ネームに関することは、学者の方たちですら頭を悩ますほどにややこしいことだそうです。だから、ここでスキン・ネームについて説明できることは、筆者がコミュニティ生活でアボリジナルから教わったこと、そして独学で勉強した範囲内となります。誤った情報や誤解を招く表記があるかもしれませんが、この難解なシステムの説明に取り組みたいと思っています。 また、このコラムにおけるスキン・ネームに関する説明は、オーストラリアで暮らす全てのアボリジナルにあてはまるのではなく、Pintupi/Luritja言語グループに属するアボリジナルの表記とその解説である事をご了承下さい。 ―スキン・ネームの概要― 僕の教わったスキン・ネームのシステムの特徴の一つは、それぞれのスキン・ネームごとに結婚することができる相手のスキン・ネームが決められているということです。例えば、僕のスキン・ネームであるTjakamaraという人は、原則的にNapaltjarriというスキン・ネームを持つ女性とのみ婚姻関係を持ちます (コラム「レッド・センター」の【砂漠からの招待】を読んでみてください)。その子供の名前は、息子であればTjupurrulaとなり、娘であればNapurrulaとなります(表1参照)。さらに、その子供たちも決められたスキン・ネームを持つ人と原則とし婚姻関係を持たなければいけないそうです。僕が感じたスキン・ネームとは、まず第一に婚姻システム(許婚制度)のためにあるように思います。 ―スキン・ネームの種類― スキン・ネームには男性で8種類、女性にも同じく8種類、合計16種類の呼び名があります。僕のもらったTjakamarraという名前もその中の一つです。男女の名前の大きな特徴は(表1)を見てもらえればお気付きになるかもしれませんが、男性は主に「Tja」で始まっていて、女性は主に「Na」で始まっています。そしてグループAとグループBの息子と娘の欄を比較してもらえれば、頭文字に続く言葉は同じであることがわります。 グループA
黒文字・・・ngananitja 赤文字・・・inyurrpa
グループB
黒文字・・・ngananitja 赤文字・・・inyurrpa
コラム【アボリジナル社会に突入】でリネットおばちゃんが説明してくれたことは、表1を見ながら指でなぞっていけば、その関係性が一目瞭然だと思います。スキン・ネームについてはリネットおばちゃん以外にも多くの人たちに話を聞きました。そしてある程度まとまった所で表1のようなものを家で作っていると、グラニスが、 「あら、スキン・ネームを調べているのね。だったらこの本が役立つわよ」 といって一冊の本を渡してくれた。「A Learner's Guide to Pintupi-Luritja」と題されたこの本には、表1の図がそのままに掲載されていた(ガーン!)。もちろんその週末にはアリス・スプリングスにもどりゲットしたことは言うまでもない。 ―半族の考え(ngananitjaとinyurrpa)― 半族という言葉は少し耳慣れない言葉だと思います。例えるなら「陰」と「陽」のような関係性を表す言葉だと思います。アボリジナルの世界観では、この世に存在する全ての物はngananitja(黒文字のスキン・ネーム)とinyurrpa(赤文字のスキン・ネーム)という二つのグループに分かれているそうです。この二つの半族がお互いにどのような関係性を持っているのか僕には分かりません。ただ、儀礼、婚姻、親族間の禁忌されていることなどで重要視されているアボリジナルの世界観の根幹となる概念です。 ―スキン・ネームのサイクル― スキン・ネームは親から子供、そして孫へと受け継がれていきます。その流れは、男性と女性それぞれに秩序たてられたサイクルがあります(表2・3参照)。 男性のサイクル
黒文字・・・ngananitja 赤文字・・・inyurrpa
女性のサイクル
黒文字・・・ngananitja 赤文字・・・inyurrpa
以上のように男性はそれぞれの世代間で回っていて、女性は4つの世代間で回っていることがわかります。さらにngananitjaと inyurrpaが交互に入り組んでいることもわかります。 ―スキン・ネーム間の呼び方(親族呼称)―
黒文字・・・ngananitja 赤文字・・・inyurrpa
僕たち日本人の親族関係(呼称)と、アボリジナルの親族関係(呼称)には大きな違いがあります。僕たち日本人の親族関係(呼称)は、実際に血縁関係があるときのみ使われますが、アボリジナルの親族関係(呼称)は実際に血縁関係がなくても、親族関係が発生することです。なので、スキン・ネームを持つ人は必然的に、他のスキン・ネームを持つ人となんらかの関係性を持つことになります。 表4で表した親族呼称は20以上ある親族呼称の中から一部を選んで記載しました。またTjakamarraに対するスキン・ネームもまた表4以外に存在します。さらに表4はスキン・ネームに対して決められた婚姻を結んだ場合というのを追記しておきます。 ―婚姻の例外― スキン・ネームの概要の項で、スキン・ネームのシステムに従って女性(男性)と婚姻関係を結ぶと説明しましたが、例外(決められたスキン・ネーム以外の婚姻)というのもあります。Watiyawanuで暮らすアボリジナルにもおられましたし、アリス・スプリングスでは砂漠のスキン・ネームを持つ女性とアーネム・ランドのスキン・ネームを持つ男性のカップルもおられました。基本的に例外は禁忌されていることで、彼らの倫理(アボリジナル・ロウ)に背く行為となるそうです。そういったときには、アボリジナル・ロウに従い、ある儀礼を行うことで公認されることになるようです。 ―義務と禁忌― スキン・ネームを持つことによって、アボリジナル社会での自分の社会的な位置が明確になることは既に説明しました。その中でそれぞれのスキン・ネーム間での禁忌事項があります。それは義理の母親に対して話しかけてはいけないし、義理の父親の言うことは絶対に行わなければいけないといったことです。また、配偶者にはいろいろな要求ができるといった権利も持ちます。これらはアボリジナル社会において、一人の人に権力が偏らないようにするための制度のように思います。 また、義務は人間関係だけではなく土地に関してもその役割を果たさなければいけません。それぞれのスキン・ネームにはそれぞれに属した土地があり、その土地を守っていく義務があるそうです。アボリジナルのみんなと狩りに行ったときや、水場に遊びに行ったときに、「ここはTjakamarraの土地。あそこはTjampitjinpaの土地」と教えてくれました。そしてその土地にまつわる物語や唄を聞かせてくれました。具体的に何をしなければいけないのか?ということについては詳しく話してはくれませんでしたが、逆にそれは彼らの重要な事柄のように思えるのです。 ―おわりに― コラム【アボリジナル社会に突入】でリネットおばちゃんが「私たちは生まれたときからずっと教わってきたからそれがあたりまえなんだけどね」と話してくれたように、スキン・ネームはアボリジナルの日常生活、社会および文化に深く関わっています。つまりスキン・ネームはアボリジナル文化を知る上で、一つキー・ポイントとなるように感じました。しかし、スキン・ネームに関しての僕の知識は、ほんの一部分にしか過ぎません。これからもWatiyawanuのアボリジナルとの関係が続く限り学んでいこうと思っています。 参考書籍 KC & LE Hansen 「PINTUPI / LURITJA DICTIONARY 3rd Edition」 John Heffernan in collaboration with Kuyata Heffernan 「A Learner’s Guide to Pintupi-Luritja」
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