【コミュニティで暮らすという事】 コミュニティ内での仕事がスタートしたものの、まったくコミュニティの雰囲気になじめきれないまま午後のストアーで働き、その後フェイと共にお年寄り達の夕飯を配り終えると、時刻は7時を少し回っていた。肉体的にはさほど疲れてはいなかったものの、妙に体は重く、引きずるような足取りでグラニスへの家へと帰った。
彼が話すオージー英語は独特のクセがあって、正直聞き取りづらい。話しかけてみても、二言、三言返ってくるだけでなかなか会話が盛り上がらない。この時もあまり会話が続かず、少し気まずい雰囲気が漂ってきたが、 「今日の晩ご飯は何?」 とソファの背中越しにフェイの声が聞こえてきた。どうやらグラニスが先ほどの電話で、フェイを夕飯に誘っていたみたいだ。丁度その頃、グラニスも夕飯の支度を終えていて、キッチンのカウンターにはゴム草履の大きさほどはありそうな牛ステーキをメインディッシュに、サラダがボウルから溢れんばかりに盛り付けられていた。ティムはステーキを自分のお皿に取り分けるとソファへと戻り、グラニス、フェイと僕はキッチンのテーブルに座り夕飯を食べ始めた。 グラニスとフェイが席に着くとすぐに「このアボリジナルが町へ行った」とか「隣のコミュニティからあのアボリジナルの親戚がやってきた」とか、コミュニティで今日あった出来事をお互いに話し合っていたが、僕は彼女達の話を聞く事しか出来なかった。会話に出てくる住民の名前と顔が全く一致しないので、会話に入り込む事ができなかったのだ。少し話しが落ち着き、巨大ステーキと格闘していると、ふいにグラニスが 「カズ、今日の仕事はどうだったの?」 と話しかけてきてくれた。そこで僕は、老人介護施設でお年寄り達に相手にされなかった事、ストアーでも僕のレジに人が並ばなかった事など、住民たちからの反応がほとんど無かった事などを感じたままに2人に打ち明けた。するとグラニスが 「それは仕方が無いわ。カズ」 彼女が言うには、アボリジナルの顔と名前が一致せず、彼らの事を全く分っていない。それは彼らも同じで、僕の事をよく分かっていないから少し距離を置いている、という事なのだそうだ。グラニスの話をうなずきながら聞いていると、フェイがナイフとフォークを置き、ゆったりとした口調で 「私がここにきた時も、アボリジナル達からあまり歓迎はされなかったわ」 とつぶやいた。 するとグラニスもフェイの話を聞いて、いかにも感慨深そうに 「今でこそ彼らも私達の事を信用してくれているけど、始めはいろいろと大変だったのよ」 と続ける。 「フェイ。じゃあ、一体どうやったらアボリジナルの人達と上手い事やっていけるの?」 「今日一日、あなたは良くやってくれたわカズ。その調子でやっていけばきっと上手くいくわ」 とほほえみながらフェイはぼくの肩をポンっとたたいた。そして、腕を組んでうなずきながらフェイの話を聞いていたグラニスが、 「コミュニティで暮らすという事は、良くも悪くもアボリジナルと生活を共にするという事なの。町で暮らす白人の多くは、自分達の都合だけでアボリジナルと接しているわ。でも、コミュニティではそんな事は通用しないの。だから常に彼らときちんと向き合わなければお互いの生活に支障がでてくるのよ」 「そうなんや.....。とにかくまた明日からベストを尽くすよフェイ、グラニス」 わかったか、わからなかったのか、とにかく10年以上もコミュニティでアボリジナルと共に暮らしてきた2人の経験に裏付けられた重みのある言葉にはげまされて少し気が楽になった。そして彼女たちの決めゼリフはやはり 「No probrem! Kazu!(気にしなくていいわよ!カズ!)」 だ。 食事を終え、シャワーを浴びてちょっと気持ちに落ち着きが出てきた。ベッドに寝転がり、これからコミュニティで「何をしていけばいいのか?」というのがグラニスとフェイの話しで少し分ったような気がする。明日から自分が出来そうな事をあれこれと思い浮かべながら、いつのまにか眠りについてコミュニティのソシアル・ワーカーの1人としての初日の夜は更けていった。 |トップへ|
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