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Research 林 Jeremy Loop Roots
大八木 一秀 / イダキ奏者
レッド・センター 砂漠のアボリジナルと住む

【別世界】

真弓さん達がアリス・スプリングスへと帰った次の日、「いよいよ新しいコミュニティ・ライフが始まるんだ」という思いと共に目が覚めた。リビングに出るとグラニスとティムが朝食を食べていて、2人のごく普通な日常生活のワンシーンが僕の目の前あった。そして僕に気付くと、まるで数10年間一緒に暮らしてきたかのような雰囲気で話しかけてきてくれた。「このアットホーム感はすごいな!」と感じつつ一緒に朝食を食べ終え、家を出ようとするとグラニスが、

「頑張ってきなさい。」

キッチンの様子
整理整頓されたAged careのキッチン・スペース。アボリジナルの人達と共用で使うここのコンロは安全面を考えて、電気コンロだ。
と、まるで自分の息子に話しかけるように僕を見送ってくれた。グラニスの温かい言葉に後押しされて老人介護施設のキッチンの方へと歩いて行く。するとキッチンの前のスペースには赤いランド・クルーザーが停まっていて、ドアは既に開かれていた。おそるおそるキッチンの中に入ると、

「Good morning! Kazu.」

という声が僕を出迎えてくれた。声の主は、老人介護施設で10数年働いている白人女性のFaye Cameron(以下フェイ)だ。

背丈が低く年齢は定かではないが50歳は超えている様に見える。どこかかわいいおばあちゃんといった雰囲気がする。緩やかに手を差し伸べてくれて、握手をすると、

「今日からよろしくお願いね」

と柔らかい笑顔を見せてくれた彼女に、どこか親しみを感じやすい印象を受けた。

フェイ
常に献身的にアボリジナルのお年寄りをサポートし続けている彼女は、コミュニティ内に住むみんなから篤い信頼を得ている。

フェイはお年寄りたちの朝食の準備の途中だったので、早速彼女を手伝いながら、Aged careの事についてあれこれと訊ねてみた。まず老人介護施設は、今僕達が朝ご飯を作っているキッチン・スペースの他に、居住スペースとランドリー・スペースが同じ敷地内に分かれて建てられていて、その居住スペースに、先日会ったビルを含め4人のお年寄りが共同生活をしている。そして、他に3人のお年寄りが老人介護施設から少し離れた居住スペースでそれぞれの家族と共に暮らしているそうだ。この7人のアボリジナルのお年寄りの面倒を、フェイを中心に数名のアボリジナル女性が一緒に看ているらしい。

大まかにフェイ達がしている事は、朝・昼・晩の食事の準備とそれに使う食料の調達、衣類の洗濯、入浴の手伝い、常用薬の管理といったところで、さほど日本の介護施設と変わらないように思えた。僕は今までに介護をした経験がないので、多少の不安があった。そんな緊張気味の僕を見てフェイが、

「No Worry.(心配しないで)」

と声をかけてくれたので、幾分気持ちが落ち着いた。今朝の献立は、コーンフレークとトースト2枚に砂糖のたっぷり入ったミルクティーだ。人数分の食事をトレーに載せ終えると、フェイと分担して手に持ち、彼女の後ろについてお年寄り達が暮らしている居住スペースに足を踏み入れた。

明るい朝日の中から電気の点いていない薄暗い居住スペースの中に入ったので、すぐには視覚が慣れず、ぼんやりとしか見る事が出来なかった。その代わりに嗅覚が敏感に反応し始めたが、正直あまりいいにおいがするとは思えない。やがて室内の明かりに目が慣れてきて、フェイに続いて部屋の奥に入っていくと、目の前に簡易的なキッチンが見えた。そしてそのシンクの中には異臭の元であろう、数日はほったらかしにされていると思われるお皿やフォークが無造作に放り込まれていた。さらにそのシンクの周りにはゴソゴソと無数の黒い物体が蠢いている。その光景が目に飛び込んで来た時、「へぇー、砂漠にもゴキブリっておるんやぁー」と、妙に冷静な気持ちになって現状把握をしようとしている自分が少し可笑しく感じられた。

キッチンの様子
ged careの居住スペースの入り口。お昼間はみんな外に出て思い思いの時間を過ごしている。
僕の視線は呆然とキッチンに釘づけになっていたのだが、キッチンを片付けているフェイの動きにハッと我にかえり、ようやく辺りを見回せるようになった。壁際には鉄パイプで作られたシングル・ベッドが3つ並べられていて、その上には毛布が乱雑に被さっている。ベッドの下の隙間からは、犬の頭や尻尾が見え隠れしている。そのベッドの周りには服が乱雑に脱ぎ捨ててあって、ゴミも至る所に落ちている。床はコンクリートが剥き出しで、所々濡れている所もある。

介護施設というよりかは廃屋?といった印象を強く感じたけれど、人の気配と生活臭といったものは感じられる。しばらくベッドの上を眺めていると毛布が微妙に動いたので、よく目を凝らしてみると「人の顔が毛布に埋もれているではないか!」

時間が経つにつれて、僕の持つ日常生活の風景と、いま目の前に広がる風景が頭の中をグルグルと回っている。その結果、僕が導き出した答えは、

「ほんまにここで、みんな暮らしてんの!?」

と同時に、

「これから、ここで働いていけるんやろか?」

という、一抹の不安を覚えたのだった。どうなるんだ!俺!?

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