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Research 林 Jeremy Loop Roots
Gori|ディジュリドゥ奏者
アボリジナル・ミュージックを聞く

5. 音楽的異能者/伝統的音楽の継承者としてのソングマン

前章でアボリジナルの音楽の焦点は歌にあると述べました。ではその歌はどのようにして作られ、どんな種類があるんだろう?民族学者のリサーチによれば、アーネム・ランドを中心にしたディジュリドゥの伴奏を伴うアボリジナルの音楽では、地域的/音楽的特徴で大きく分けてDaly River地域を中心にキンバリー地方まで幅広く聞かれる【WANGGA】、Goulburn島やGunbalanya(Oenpelli)などの北西アーネム・ランドから中央アーネム・ランドで広範囲で聞かれる【KUNBJORRK(GUNBORG)】、北東アーネム・ランドを中心とした【BUNGGUL】の3種類に分類される事が多い。それぞれの音楽的特徴はここでは述べないが、WANGGAとKUNBJORRK(GUNBORG)のソングマンとBUNGGULのソングマンでは歌われる歌の成り立ち、歌い方、ソングマンが歌の中でフォーカスしているポイントなどがかなり異なっている。


-アーネム・ランド 音楽分布地図-

ここでその相違点を述べる前に、アボリジナルの歌のカテゴリーについて明らかにしたい。アボリジナルの音楽のカテゴリーは主に3種類に別れており、一つは【カルト・ソング:儀式に属するもの】、二つめは【クラン・ソング:クラン(同一の言語グループ)に属するもの】、そして三つめはその歌を作った【個人に属するもの】の3種類である。多くの民族学者によればカルト・ソングにはディジュリドゥの伴奏が伴うことはなく、ソング・ラインもしくはドリーミング・トラックと呼ばれる太古の時代ドリーム・タイムにオーストラリアの大地を旅した祖先の神々の旅の道程を歌ったものである。残り二つのクラン・ソングと個人に属する歌にはディジュリドゥの伴奏がともなうことがある。

さて、では一体WANGGAとKUNBJORRK(GUNBORG)、そしてBUNGGULは一体どのように違うのだろうか? WANGGAとKUNBJORRK(GUNBORG)のソングマンとして認められるには、夢の中で歌を「見つける」という能力が必要で、具体的にはソングマンはある特定の場所(墓場や洞窟、そしてそのソングマンにとって非常に重要な意味を持つ場所など)で眠り、夢の中で特定の精霊に出会う。それは動植物の精霊であったり、亡くなった人の霊で、彼等から夢の中で歌を授かるのである。だから、WANGGAとKUNBJORRK(GUNBORG)の歌の一部では意味不明な言葉(精霊達の話す言葉)で歌われることがある。もちろん、父親や近親のソングマンから歌を譲り受けるという事があるが、これらの地域でソングマンとして認められるには、言わばシャーマン的に「精霊と交信する能力」がソングマンには必要なのである。そういった作曲スタイルから明確だが、WANGGAとKUNBJORRK(GUNBORG)はソングマン個人が所有している歌なのである。その音楽構造はカッチリと決まっており、ディジュリドゥ奏者はそれを曲毎に憶えておく必要があり、ともすればディジュリドゥの演奏の中での即興的要素は比較的低い。またソングマン自身が自分の歌の音程に合せて、ディジュリドゥを選ぶ権利を持っている。ディジュリドウの音の特徴としてはドローン(持続低音)のみが使われ、高い声でのコールは使われず(ディジュリドゥ・ソロは別)、ドローンを装飾するハミングのようなテクニックが曲中で使われる。

一方BUNGGUL(北東アーネム・ランドのヨォルングの人達の言葉で儀式を意味する言葉)は、前述のカテゴリーではクラン・ソングにあたる。自分達のクランにまつわる歌を父方血縁の男性から学び、引き継いで歌われるのである。だからそれを学んだ人達は特定の曲についての歌詞、その歌の楽曲的構造を共有していることになる。そのため、ソングマンとディジュリドゥ奏者が曲を演奏する時はよりジャム・セッション的な関係になり、ディジュリドゥの演奏には即興的要素が多分に見られ、ソングマンの歌う歌詞には意味があり、訳すことができる。ディジュリドゥ奏者は特定の曲の楽曲的構造さえ熟知していれば、より自由な演奏が可能で、楽器の選択の権利もディジュリドゥ奏者にある。ディジュリドゥの音のバリエーションとしては、ドローン(持続低音)、トゥーツ(ドローンの約8〜10度上の高いホーンの音)、声を使ったコール、ドローンを装飾する低い声のボイシング、そしてここで述べることのできない神聖で特別な演奏方法などがある。明確にソングマンやダンサーに次の曲展開(ブレイクやエンディング)に移行することを伝える合図としてこれらのコールやトゥーツが意図的に使われている。 下記はその特徴の羅列です。

●WANGGAとKUNBJORRK(GUNBORG)
・ソングマン個人が歌を所有している
・ソングマンは夢の中で精霊から歌を授かる
・ソングマンの歌う歌詞には精霊の言葉が使われることがある
・曲の構造は決まっていて、それをディジュリドゥ奏者は完全に憶えておく必要がある
・ソングマンが自分の歌の音程に合せてディジュリドゥを選ぶ権利がある
・ディジュリドゥの演奏にトゥーツ(ホーン)は使われない
●BUNGGUL
・クラン・ソングで、クランにその歌は帰属している
・父親もしくは父方血縁の男性から歌を学び、継承している
・曲の構造は決まっているが、その間には即興的演奏が見られる
・ソングマンの歌う歌詞には意味があり、それを訳すことができる
・ディジュリドゥ奏者が自分の演奏する楽器を選ぶことができる
・WANGGA/KUNBJORRK(GUNBORG)では使われないトゥーツとコールが楽曲中に使われる

このように見れば、おのずと聞く音源によってソングマンとディジュリドゥ奏者の関係性や、ディジュリドゥ奏者が一体どのような観点でその歌の伴奏をしているか、さらには繊細なサウンドの変化などという事がうっすらと見えて来るのではないだろうか?これがアボリジナル音楽を大いに楽しむ一つのポイントになっている。

ここではWANGGAとKUNBJORRK(GUNBORG)共通の特徴をあげており、それぞれの細かい差異があるが、シンプルに「アボリジナル音楽を楽しむ」というテーマに沿うためにその相違点はあえて述べられていません。またこのカテゴリーの枠からはみ出た地域(Groote EylandtやMornington島)や、Borrolooraや北部中央アーネム・ランドなどの異なる2種類の演奏スタイルが混在する地域などもあり、このカテゴリーで広大なアーネム・ランド内外の音楽が完全に分類されるわけではなく、細かい地域差、そして演奏者各個人の個性、年齢や世代差、アボリジナル内での流行などを加味するとこのような単純な枠組みではおさまらないという事実があることをここで明記しておきます。

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