【憧れのNgukurrコミュニティ】 地獄の川渡りを2本終えNgukurrコミュニティに入ったころ、あたりはすでに暗くなり始めていた。通りには家に帰るところだろうか、人影がチラホラ見える。 「これがNgukurrコミュニティかあー! でぇっかいなあー!」 僕たちは救急車で搬送されている途中ということも忘れ、Ngukurrコミュニティの規模の大きさに興奮していた。それもそのはず、Ngukurrには僕たちが搬送される病院をはじめ、スーパーやガソリンスタンド、アートセンターや行政施設、飛行場など、生活に必要な設備はほぼすべてと言っていいほど整っているのだ。アーネム・ランドの中でもNhulumbuyという街にほど近いYirrkalaを除くと、今まで僕たちが訪れたどのコミュニティとも規模が違っていた。 しかしドクターの話によると、これほどの規模のコミュニティでも雨季には川が氾濫し陸の孤島になってしまうということだった。雨季にここに辿り着くための唯一の交通手段は飛行機。コミュニティに住む人々も大半が大きな街へと移動し、とても寂しい場所になってしまうのだそうだ。
「さあ・・どうだったかしら?あったような気はするけど・・。」 僕たちの気持ちを翻弄する曖昧な答え・・。そこにディジュリドゥはあったのだろうか・・。 この場所で知りたかったこと、確認したかったことはたくさんあった。Ngukurrから少し北に位置するコミュニティNumbulwar(赤い旗を持って踊るRed Flag Dancersのメンバーが住んでいることでも有名)や、声を震わせる独特の歌唱法や早く複雑なディジュリドゥのリズムが特徴のGroote Eylandtの影響、過去の音源でディジュリドゥが録音されている最南端のコミュニティであるBorroloolaとの関係はあったのか。さらに、この地域でいまでもディジュリドゥは製作され演奏されているのか・・。 ここまできて何も見ずに帰ることになるなんて・・。 そう思うと悔しい思いが湧き上がってきた。でも、僕たちは奇跡的に事故を乗り越えた。生きてさえいればまたいつか戻ってこれるかもしれないじゃないか・・、そう考えないと罰が当たるかもしれないな。 ほどなく救急車は病院へと到着し、診察室へと通される。これがまた想像以上に立派な病院だった。なかを一通り案内してもらったのだが、その設備は都会の病院に勝るとも劣らないのではないだろうか。すごい!すごい!と連発していると、病院内を案内してくれていた看護士のアボリジナルの女性も誇らしげだった。 「そう、この病院はこのコミュニティの誇りなの。そして、ここで働けることは私の誇りでもあるのよ。」 きれいに整備された病室で待っているとキャサリンの病院からドクターが到着した。彼らはフライング・ドクターと呼ばれ、遠隔地で事故が起こったときにダーウィンやキャサリンなどの都会から専用の飛行機で現場に駆けつけるドクターたちだ。いわばエリート医師。彼らが到着するなりさっきまでとは打って変わった厳しい対応が待っていた。
ここから飛行場まで搬送され、飛行機に乗せられキャサリンの病院に到着するまで5時間はあっただろうか・・ずっと上しか見ることができないのだ。Ngukurrの病院の天井、救急車の天井、飛行場の夜空、再び救急車の天井、そして最後がキャサリンの病院の天井・・。これが想像を絶するぐらいつらい。正直、事故のほうがいくらかマシだったと思えるほどの苦しみだった。生き地獄とはこのことをいうのだと真剣に思った。 この苦しみを味わうくらいならもう二度と事故などしたくない・・と、このとき心に強く誓ったのだった。 |トップへ|
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