シリーズ講議:アボリジナルの文化と社会
【第2回】「ヒーローはどこから来たのか」/2004.11.28 |
1.はじめに ―アボリジナル社会におけるヒーローとは(類型的な把握のために)―
(1)創世時代に秩序をもたらした存在
人の誕生にかかわった精霊:アーネムランドのジャンガォウル姉妹が代表的
大地を創造した存在:アーネムランドのムッカルがその例
天空の構造を構築した存在:マレー河下流域のングルンデリなどこれらのすべてを創り出した創造主:各地、とくに西オーストラリア北海岸カラジェリのニジヘビがその典型
成人儀礼をもたらした精霊:ノーザンテリトリー北部ムリンバタのナルパジン、中央砂漠ワラムンガのウォルンクァなど、ほぼすべてがニジヘビ
婚姻の法則を定めた精霊:ケープ・ヨーク半島のココヤルニュの月の神話など
狩りなどの生活の方法を教えた精霊:アーネムランドのミミが典型
魂の行き先を定めた精霊:ングルンデリはその例
復讐する精霊:ケープ・ヨーク半島ココジャワのイナヅマ男など
病気をもたらした精霊:アーネムランド、コバーグ半島ジャーコの病の精霊やクローカー島のタイマイ(ウミガメ)、北西平原ガミロイのバイアミなど
(下線は集団名、以下同様)
(地図上の名称は全てアボリジナルの集団名)
(2)歴史上の実在の人物
キャプテン・クック:ケープ・ヨ−ク半島からキンバリーにかけての大陸北部各地、とくに東海岸北部のディルパル、カーペンタリア湾岸のクンガーラ、ヴィクトリア河流域のヤラリンなど
ネッド・ケリー:ヴィクトリア河流域のヤラリン
キャプテン・クックの航海路とネッド・ケリーの生活空間
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2.神話が語るヒーローの来歴と行為
(1)人の誕生
a. アーネムランドのジャンガォウル姉妹
来歴: |
はるかな海の彼方からグルート島の東のどこかにあるブラッグル島へ、そこからカヌーでアーネムランドへ |
行為: |
ジャンガォウルと姉妹は各地で性交をくり返し、男女の赤ん坊をドァ半族の祖先として生み出し、彼らのためにドリーミングの動植物を残す。 |
「ジャンガォウルとその姉妹」の旅の道すじ
(R.M. Berndt 1952 *8による)
b. メルボルン東南ブーヌロングの精霊プンジェルと息子のパリィヤン
来歴: |
不明、人を創造した後の大嵐とともにどこかへ立ち去る。 |
行為: |
精霊プンジェル・・粘土で2人の男性をかたどり、口と鼻とへそから息を吹き込む
精霊パリィヤン・・川底から2人の女性を見つける。2人の精霊は4人の人間にカンガルーやエミュの狩り方、植物の根の見つけ方を教える。 |
c. 南方熊楠も紹介したディエリの精霊ムーラムーラ
来歴: |
不明、ディエリの土地にいた? |
行為: |
黒トカゲの足指でトカゲの顔に目、鼻、口、耳をつくり、尻尾を切って直立させ、人を創造。 |
行為: |
南方は『十二支考』の「田原藤太竜宮入りの譚」のなかで紹介。 |
(2)大地の創造
a. アーネムランド、ジナンのムッカル
来歴: |
ガタラーラからカヌーでアーネムランドへ、各地に名前をつけ(=ドァ半族の土地を創造する)、ガタラーラへ。 |
行為: |
陸地を見つける(創造する)、火おこし棒をつくり、天の河に名前を付け、ブッシュファイアをつくり、エルコ島で赤オーカーを発見し体に塗る(ボディ・ペインティングの起源)。 |
b. 類型2ヴィクトリア河流域ヤラリンのネッド・ケリー
来歴: |
空から海に降りたち(クロフォード・ノブという場所)、ボートで旅。エンジェルを伴っていた。 |
行為: |
旅の途中に浅瀬にぶつかり、溝を刻んで陸地を創造。クロフォード・ノブから多くのドリーミングが出現(創り出す)。 |
(3)天空の構造
a. マレー河下流域ヤラルディのングルンデリ
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来歴: |
図参照 |
行為: |
魚マレー・コッドから多くの魚をつくり、カヌーを天に押しつけ天の川を創る。 人の魂は、ングルンデリが天に昇った道にしたがって精霊世界にいたる(魂の行き先を定める)。 |
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b. 太陽 メルビル島ティーウィーのプキ
来歴: |
真っ黒なプキは空からやってきた。 |
行為: |
大地と島、河をつくり、湿地にカメとなって棲む。狩人に殺され、おしっこで海を塩からくし、空に昇り、天の河にそって旅。日中に休憩し、大きな火を焚く(=太陽)。 |
c. 月 アーネムランド、ジナンの月の子
来歴: |
この世の始まり、月という名の男とその妻の間に生まれる。 |
行為: |
空は低く大地は焼けるように暑い。妻は月の子を連れヤムイモ堀へ。一人残された月の子は空を持ち上げ、天に昇り、月になった。 |
d. 天の河 中央砂漠ピンタビの悪い女と少年
来歴: |
ピンタビの土地 |
行為: |
割礼をすませた直後の少年のペニスを悪い女がヴァギナに挿入。正常位で結合したまま空に昇り、天に張り付いた。ピンタビ語の天の河ンガンタヌタは「性交したまま張り付いている」の意味。 |
e. 昴 大陸北部(ダーウインの西)ングルクウォンガの7人姉妹
来歴: |
創世の時代、ングルクウォンガの土地? |
行為: |
月の男ピンガルと妻の間に7人姉妹。妻は夫と別れ星になり空に暮らす。ピンガルは姉妹との性交の機会をねらう。それを見た妻はロープを投げ、姉妹を空に引き上げる。姉妹は一緒に暮らし昴に。夫は同じロープを登るが、途中で妻に切られてしまい、月となる(類話は中央砂漠のピチャンチャチャラにも)。 |
(4)創造主ニジヘビ
a. 西オーストラリア北部海岸カラジェリのニジヘビ
来歴: |
兄弟の精霊ガナマラとグンバルがつくる。カラジェリの土地? |
行為: |
ニジヘビは、大地と人を創造し、海と海に住む魚、河、岩、雨をつくる。呪術師の姿になったニジヘビは、海を塩からくし、人びとを南に追いやる(アボリジナル祖先のこの大陸での移住と拡散を語る?)。 |
b. すべての儀礼をもたらした北部海岸ムリンバタのニジヘビ
来歴: |
洞窟。ムリンバタの土地? |
行為: |
数々の神聖なうなり板(ブルロワラー)をつくり、それぞれを使う儀礼を指定(=儀礼の創造)。それを盗み見た老人は同じうなり板をつくり、ニジヘビから盗んだ成人儀礼を含む2つをムリンバタに、3つを隣の集団にもたらす。 |
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3.まとめ
参考文献
松山利夫 1996 『精霊たちのメッセージ―現代アボリジニの神話世界―』角川書店(1,400円)
松山利夫 2004 「キャプテン・クックとネッド・ケリー:アボリジナルが描くふたつの白人像」『民博通信』105号、6〜9頁