シリーズ講議:アボリジナルの文化と社会
【第1回】「アボリジナルの祖先はどこから来たのか」/2004.8.22 |
講義をはじめるにあたって
1.内容と目的
この講義では、僕が理解するアボリジナルの個々の歴史、および彼らのさまざまな生活のありよう、そこに起っている(きた)社会的・経済的・政治的・文化的な諸問題を紹介します。そのとりあえずの目的は、さまざまな立場から発信される(されてきた)情報を僕たちが共有し、それらを議論することで、アボリジナルに関する僕たちの見方・考えかたを鍛えることです。
2.講義のタイトルについて―それがはらむ問題といいわけ―
表記のタイトルには、すでに以下の問題が含まれています。
- アボリジナルという1枚岩的な集団は存在しないこと。
- 彼らの社会や文化は、「アボリジナルの社会と文化」として一括りにできるものではないこと。
- つまり、このタイトルは、人びとの多様性と個別性を無視して、外側から彼らをひとまとめにするものであること。
言い訳:こうした問題の多い呼びかけでしかできないという状況。この状況の克服が「シリーズ講義」の最大の、しかし達成できるかどうかがもっとも危うい、目的です。
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第1回「アボリジナルの祖先はどこから来たのか」
1.ヨロングゥが語る「ジャンガォウル姉妹」とジナンが伝える「ムッカルの旅」
「ジャンガォウル姉妹」(部分)
「アーネムランドの東、グルート島のはるか彼方に、ブラッグルという名の島があった。ドゥア半族の精霊ジャンガォウルたちはこの島で儀礼をするために、はるか彼方の知らない土地からやってきた・・・けれど、彼らはほんのしばらくブラッグル島にとどまったにすぎなかった・・・ジャンガォウルたちというのは、ジャンガォウルと姉のビルジウラロイジェ、それに妹のミラライジの3人だった・・・やがて樹皮製のカヌーができあがると、儀礼用の品や神聖な絵をカヌーに積み、海にこぎ出した・・・来る日も来る日も彼らはカヌーをこぎ続け、ようやくアーネムランドがみえるところまでやってきた・・・精霊たちがカヌーをこぎながらポート・ブラッドショウに近づくと、湾の入り口の聖なる岩に波が打ち寄せ、白く泡立っているのがみえた。そのうえを無数のインコが、胸の赤い羽根で太陽をとらえつつ、アーネムランドの方へ飛び去っていった。波が浜に打ち寄せる音が響いていた。精霊たちは入り江深くカヌーを進め、砂浜に着くと、そこを聖地にするため、荷物を下ろした・・・」
「ムッカルの旅」(部分)
「この世の始まりのとき、地球はまるで卵のように裂け、あらゆる水が卵から流れ出た。その水は卵みたいにあるものは白く、ある者は黄色く濁っていた。洪水が終わり、黄身はまだ生のままで、白身もまだ柔らかい。ムッカルは乾いた大地を見つけ出すために次の年をまった。ムッカルは次の年もまち・・・すべてが固まるまで待ち続け、その後ようやく旅にでた。ムッカルは旅をはじめるにあたってカヌーをつくり、ガタラーラから海を旅して陸地を探しに出かけた。彼はあるところで陸地を見つけ、土地が乾きはじめるとそこにヤムイモやツル、魚などの食物を見い出した」
この2つの神話では、
遠いはるかな昔、あるいは創世の時代に、未知の空間または神聖な土地から、カヌーで 海を渡る長い旅のあと、精霊がアーネムランドを発見する。それはこの大陸への人類の移動を暗示する。
注1.ヨロングゥ:北東アーネムランドに居住する言語グループ。グマチ、マルダルパ、ムニュク、リラチングゥ、ダルワングゥなどのクランからなる。ジナン:中央アーネムランドに住む言語グループ。ムルグン、マラング、ウラッキ、ヤルメの4クランからなる。
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2.「スンダ大陸」から来た祖先
- 移住のルート:5万年BP(今から5万年前)と1万5千年BP、最終氷河期には、オーストラリア周辺の海水面は今より120ないし150メートル低かった。当時、東南アジア大陸部とボルネオ島、ジャワ島は陸続きのスンダ大陸をなし、パプアニューギニアとオーストラリア・タスマニアはサフル大陸を形成した。両大陸の間に散在したスラウエシ島、ハルマヘラ島、セラム島、ロンボク島、フローレス島、ティモール島を経て、アボリジナルの祖先はスンダ大陸からサフル大陸へと移住。
- 移住者:狭義のモンゴロイド(日本人や中国人、タイ人など)から分かれた広義のモンゴロイド。彼らの移住はモンゴロイドの地球的拡散の一部をなした。その子孫であるアボリジナルは、オセアニア系モンゴロイドのオーストラリア・グループ。つまりアボリジナルは、私たちと同じモンゴロイド。
- 大陸内での拡散:食料資源が豊かな海岸部ではなく、それが乏しい内陸部を移動。1万7千年ほどかけてサフル大陸最南端のタスマニアに到着したと推定。その時点での大陸総人口は約35万人か(1994年の大場・正木説)。
3.化石人骨の年代
NSWウィランドラ湖沼群で発見(1968)された完形の男性人骨「マンゴウ人」は、1999年にその年代が3万年BPから6万2千年BPに訂正。その結果、最初の移住者は「マンゴウ人」に代表されるような「華奢な骨」をもつ集団と考えられている。