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Research 林 Jeremy Loop Roots
RG|ディジュリドゥ奏者
Djambawa Marrawili インタビュー

3. Djambawa ライフ・ストーリー / ホームランド・ムーブメント

その時、父さんが言うことをそのまま受けとめなきゃいけないと思うようになったんだ。ほら、そこに見えるのはタマリンドの木だよ。マカッサンの人々(※.1)、ホワイト・ピープルがどこかから持込んだものだ。あぁ、当時のヨォルングはマカッサンの人たちはホワイト・ピープルだと考えてたんだよ。父さんは「別の土地(から来た)」って言ってたよ。ヨォルングは彼らのために働き、斧やナイフなんかと交換したんだ。 (斧を手に入れたことで)カヌーをどうやって(丸太からくりぬいて)作るかを習ったんだ。
Baniyalaのビーチに残されたBaru(クロコダイル)の爪痕

けれど、それより以前には平たいカヌーのストーリーがあった。ブルー・マッド湾に面したわれわれの土地にまつわるストーリーがある。それは「二人のハンターたち」の神話のストーリーだよ。

二人は樹皮でカヌーを作った。そのカヌーでは早くこぐことができなかったので、彼らはジュゴンを捕まえそこない、ジュゴンは泳ぎ去ってしまった.......。

神話の話はともかく、父さんはこの土地にまつわるさまざまな名をあげ、そのストーリーを語ってくれた。

W : 「いつかここに戻ってきたいと思うんだ。」

それから、父さんは50年代初頭のことについて語りだした。父さんは72才の時にこの地で亡くなったんだけれど、かつてYirrkalaまで行ったことがあったのである出来事を知ったんだ。いまでこそわれわれの土地Baniyalaからブルマンとダーウィンへと続く道(アーネム・ハイウェイ(※.2)のこと)がある。Yirrkalaでアルミニウムの採掘を行う会社が作ったんだが、それを知るのは後の話.......。

当時、Djirrin Mununggurr(当時のDjapuクランのリーダー)というオールドマンがダーウィン近郊のカラン・ベイというところに住んでいて、通過儀礼を受けるために兄のDonaldをダーウィンに連れて行かなければならなかった。そのために父さんはまずYirrkalaに行った。そこで(ダーウィンにいるはずの)オールドマンDjirrinに会ったので、Donaldの通過儀礼をYirrkalaでするのを援助してもらうために他の人たち、Yirrkalaの人たち、を呼び集めた。あれはたしか1959年.......たぶん60年代のことだった。

通過儀礼を受けることで、わたしはこの土地Baniyalaにまつわるストーリーを知った。われわれはこの土地につながっていたということがわかったんだ。通過儀礼が終わった時、ブルドーザーが通りすぎる音が聞こえた。その時、なにかがわれらの土地に向かっているということに気づいた。だから、もしわれらの土地に向かったなら、そこには道があるはずだ。そしてみなでBaniyalaに向かったんだ!

当時フィジー人とトンガ人、二人の宣教師がYirrkalaにいて、いまでもフィジー人の宣教師はここにいる。Yirrkalaミッションが本当に築き上げられたなら、彼らはほかにもあるたくさんのコミュニティに行こうと決めていた。

Yirrkalaではアルミニウムの採掘場が建設され、土地について、リーダーシップについて、数多くの口論、たくさんの争いが巻き起こった。パブも作られたりして、わが人々、ブルー・マッド湾の人々は「もう戻りたい」と言った。そして本当にそうしたんだ。

Blue Mud Bay

みなが自分たち部族の場所へと帰って行った。

Gori : 「それがホームランド・ムーブメントの頃なの?」

D : 「そう!ホームランド・ムーブメントだよ。」

でも、ホームランド・ムーブメントの前にわれらはNumbulwarからこの土地に来ていた。それが「父さんがもどることを心に決めていた」と言った理由だよ。

W : 「いつかこの地にとどまり、(先に亡くなった)わが一族たちと共にこの地に埋葬されたい。」

そして父さんはそうしたんだ!父さんの望みと夢は、彼の思う次世の計画や未来への望みにおいて現実のものとなる。彼はこの地に埋葬された。だからわれら家族はBaniyalaへと戻ってきたんだ。

 


 

【注釈】

※1.マカッサンの人々

18世紀末までインドネシアのスラウェシ島南西端の町Ujung Pandang(現在はMakassarと呼ばれる)から北部オーストラリアの沿岸を船で訪れていたナマコ漁に来ていた人々。アーネム・ランドの沿岸部に住む人々は古くからマカッサンの人々と交流があり、タバコ、斧、ナイフ、カードゲーム、酒、旗、丸木船などが生活の一部となる。詳しくはPeter Listerの「マカッサン / インドネシア・スラウェシ島の漁民」をご覧下さい。 >>戻る

※2.アーネム・ハイウェイ

アーネム・ランドをたすきをかけるように北東から南西までを斜めに横切る未舗装路。南西の入り口はWugularr(Beswick)で北東の入り口はYirrkala。コロゲーションと呼ばれる波打った箇所があったり、川渡りがあったりと、危険な道だがロードトレインと呼ばれる輸送用の長いトラックも通ったりする。この道を中心に様々なコミュニティに道が分岐している。 >>戻る

 
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