2. Top Endの伝統音楽とディジュリドゥ-目次- - - - - - - - -
2-3. 地域による伝統音楽のスタイル ここで紹介するのは、Top End内の主要な伝統音楽のスタイル(もしくはジャンル)の概略である。Top Endの音楽ジャンルには、儀式的な特性をもった音楽に関してより細かい区分がある。私はその種の事を検討するつもりもその立場にもない。ここに紹介されている私のコメントは、私自身の意見に基づいており、参考文献とディスコグラフィのページにその大半が羅列されている資料から引用されており、主にその音楽ジャンル内あるいはジャンル間における技術的、構造的な相違点について検討されている。Bathurst島とMelville島のTiwiの音楽についてはここでは論議されていない。 伝統的なアボリジナル社会は完全な口承伝承で、歌詞の記述や譜面は存在しない。それゆえに彼等の音楽は、会話形式(たいていが経験主義的)で修得され、継承されていく。時には記憶というものに依存しているにもかかわらず似通った曲があることに驚かされる。そして音楽のタイプにもよるが、その内容は時がたてば変化するのかもしれない。歌の変動は認められており、実際ある音楽スタイルでは、即興演奏が標準的に行われるが、常に基礎的な要素のセットから離れることはない。異なる歌と異なる背景によってこの厳密な基本的要素からの様々な変動が認知されている。より秘儀的、内部的な音楽においてのみ、その法則が壊されることがない[Stubington, 1979(※1.)]。 アーネム・ランドの伝統的な演奏者に関するWest博士の文章(1963)を引用すれば 「西のシンガーとディジュリドゥ奏者は、強く突き刺すような音色、正確に曲を記憶していること、そしてスムーズな転調といった点をほめそやかされ、東のシンガーとディジュリドゥ奏者は、詩的な感覚、シンガーとディジュリドゥ奏者両方にある全体的な音楽的センス、干渉性の高いリズム構造などがほめたたえられている。どちらの地域でもクィーンズランド州にみられる歌の特徴である重く、か細い、声門で発せられる声の音質とGroote
Eylandtだけでみられる震えさせた声はあまり評価されていない。西と東両方のアーネム・ランドの人々は通常クリアーで少し喉をしめた力をこめた声で歌う。ある耳の肥えたリスナーは西の歌の名手に対しては
[ 彼はいい喉だ ] と評し、東の歌の名手に対しては [ 彼はいい頭だ ] と評価している。」
-『Arnhem Land Popular Classics』ライナーノーツより- Elkin教授は 「.....音楽と踊りにおいて、個人の重要性がぼやけることはない。彼は伝え、変化させ、作り出す。特にソングマンは、個性と創造性のシンボルである。しかしディジュリドゥ奏者とダンサーも、それぞれの熟練と名人的な技が評価され、自分達の力を表現する機会がある。つまり、我々は個人の才能、技術、所有権の伝統を話題にしてもさしつかえが無いだろう。」 と述べている[Elkin, 1979, p. 299(※2.)]。 典型的な演奏は、それぞれが一対のクラップスティック(※3.)、あるいは(その時の間に合わせて)パーカッションの代わりになるものを手に持った一人ないしはそれ以上のシンガー(その内の一人がリード・ソングマン)と、一人のディジュリドゥ奏者で行われる。ディジュリドゥを使わない音楽ジャンルもあるが、ディジュリドゥが使われる場合は、一度に一人だけが演奏をする。もし何らかの理由でディジュリドゥ奏者がいない場合でも、その曲が演奏されることがある。 地図 3. ノーザン・テリトリーのTop Endにおける伝統音楽のスタイル / ジャンル 略式表示(D = Darwin)で、赤い点 は基本地図である地図 2.(「2-2. ディジュリドゥの使われる地域」のページ内の地図にとぶ)のものと同一です。『Arnhem Land Popular Classics』[LM West, 1963]のライナーと『Ancestral Connections』[Morphy, H. 1991(※.4)]より
地図 3. は、Top Endの三つの主な音楽スタイル(ジャンル)のだいたいの分布を表しています。すなわちWangga(昔の文章では、Wonggaと綴られている)、Kun-borrk(昔の文章ではGunborgと綴られていることが多い)、そしてBunggul(Bungurl、Bunggal、Bungleとも綴られる)の3つである。「Aタイプ」と「Bタイプ」という表現は、それぞれの音楽スタイルにおけるディジュリドゥの伴奏のタイプに関係している(AタイプとBタイプについての詳細は「2-5. ディジュリドゥのスタイルと演奏のバリエーション」のページを参照下さい)。 簡単に見れば、「Aタイプ」のディジュリドゥの伴奏は、キンバリーから西・中央アーネム・ランドを東に抜けて、南東のCarpentaria湾周辺を網羅する広大な地域で聞かれる。「Bタイプ」のディジュリドゥの伴奏は、中央・東アーネム・ランドとGroote Eylandtに限られている。地図上の黒い曲りくねった線は、アーネム・ランドの北東部分を区切っており、これはYolngu文化圏(「アーネム・ランドの一部地域の言語的/文化的グループ」のページを参照下さい。地図で言語的/文化的グループの境界を視覚的に見ることができます)の東と南の領域を定めている。中央アーネム・ランドでは「Aタイプ」と「Bタイプ」の両方の伴奏スタイルが使われる。West博士達の最初の研究以来、この領域は居住区間の人々の移動と、歌 / 音楽 / 儀式の交換などを通じて変化してきている可能性があるという事に御注意下さい。 ■Wangga 一般的な法則として、Wanggaソングはディジュリドゥから始まり、それにボーカルとスティックが続く。スティックが一番最後に演奏しはじめるという事もある。キンバリー地方では、その順番は全く異なっており、スティックに続いて声、そして最後にディジュリドゥが演奏しはじめる。歌が終わる時には、たいていディジュリドゥか歌のどちらかが先に終わる。同時に演奏をやめることもあるが、ボーカルとスティックが後に演奏をやめるのが最も普通である。スティックの演奏が先に終わるという事は決して無く、ディジュリドゥが一番最後に演奏しはじめたり、最後に演奏が終わる事も決してない。 【例 : Songs from the Northern Territory Vol. 1 トラック 7、12、13(b)】 ■Kun-borrk Kun-borrkソングは、(特定の地域的な変形した例外をのぞけば)つねにディジュリドゥで曲がはじまり、すぐにスティックと歌が順に続く。ディジュリドゥと歌、あるいはディジュリドゥとスティックが同時にはじまり、次にそれぞれスティックと歌が続く歌もある。Kunbarllanjnja(Gunbalanya : 過去の表記ではOenpelli)のKun-borrkソングは、たいていディジュリドゥ、ボーカル、そしてクラップスティックの順に演奏される。 Kun-borrkソングの曲の終結部分では、たいてい共通してまずディジュリドゥが演奏を終える。ボーカルとディジュリドゥが同時に終わることも多い。ディジュリドゥとスティックが先に演奏を終え、「Unaccompanied Vocal Termination-UVT(※5.)」に似通った、ボーカルがしばらく残って曲を終えることがたまにある。ディジュリドゥが最後に演奏しはじめて、最後に曲を終えるという事は決してない。 【例 : Songs from the Northern Territory Vol. 1 トラック 2、4、6(a)】 ■Bunggul 太古(ドリーミング)の時代に叙事的な旅をした人々について伝え歌う歌もある。例えば、北東アーネム・ランドのあるソング・シリーズは、印刷物にすると全部で90ページにもおよぶ188曲からなる歌がある[Elkin, 1979, p 304]。その他には、日々の出来事について歌ったDjatpangarri(※6.)に属するような歌がある。 Bunggulの音楽の歌詞は基本的に独特なもので、演奏ごとによって変化しうる。ソングマンとディジュリドゥ奏者は、変化するパターン構造内で即興演奏を行う。ダンス・リーダー、より正確には儀式のリーダーは、(西アーネム・ランドと同様に)単にリード・ソングマンであるというよりもむしろ、ダンサーの振り付けをし、音楽を作曲する。 【例 : Songs from the Northern Territory Vol. 3 トラック 9、11、12 】 【注釈】
※1. J. Stubington 1979 North Australian Aboriginal Music 参照
『Australian Aboriginal Music』7-19Pより 編集:Jennifer Isaacs 出版:Aboriginal Artists Agency, Sydney >>戻る ※2. A.P. Elkin 1979 『The Australian Aborigines(改訂版)』 参照
出版:Angus & Robertson, Sydney 初版:1938年 品番:ISBN 0 207 1 3733 (紙表紙)、ISBN 0 207 1 3863 X (ハードカバー) >>戻る ※3. クラップスティック Clapsticks (Tapsticks、Clicksticksとも呼ばれる):硬い木(たいていironwood)から作られるこのスティックは、音楽演奏時には歌の伴奏で使われる。通常、個人所有の楽器で、クランに属するデザインが施されている。現在ではアーネム・ランド以外でも、ヨォルングの言葉のBilmaという名称が広く知られている。 >>戻る
※4. H. Morphy 1991 『Ancestral Connections, Art and an
Aboriginal System of Knowledge』 参照
出版:University of Chicago Press 品番:ISBN 0-226-53866-4 (pbk) >>戻る ※5. UVT 北東アーネム・ランドの歌で特徴的なのが、Unaccompanied Vocal Termination(UVT
: 楽器の伴奏をともなわずにボーカルだけで曲を終えること)である。これは、スティックとディジュリドゥの演奏が停止した後に続いて、リード・ソングマンが長くのばした歌い方でその歌を終わらせることについてMoyle博士が使った言葉である。
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※6. Djatpangarri 北東アーネム・ランドのBunggul形式の伝統的なソング・スタイル。GumatjクランのDhambidjawaが最初の作曲者だと言われている。このような北東アーネム・ランドの大衆的な歌の多くは、日々の出来事に関したものが多い。(ヨォルング語) >>戻る
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