ヤス(カラキ ヤスオ)|在豪イダキ奏者
ブラブラ日記 -スピリチュアル・ツアー編 5-

【レッド・クリフ】

次の日の早朝、前日キャンプを張らせてもらったPalumpaコミュニティを出発し、再びWadeyeのアートセンターの前でリチャードが現れるのを待った。まだみんな動き始めていないのかコミュニティの大通りには昨日ほどのにぎやかさはない。

しばらくすると彼はどこからともなくフラリと現れて僕たちの隣に立っていた。リチャードは物腰が柔らかく、ゆったりとしたしゃべり方と独特の間が印象的な好青年だ。彼と話をしていて気になったのは随所にラッパー風のポーズが入ることだった。

「(ヨー)じゃあ・・出発しようか・・(ヨー)」※( )内はイメージ

僕たちは彼のガイドのもと、コミュニティの近くにあるレッド・クリフという海岸に1泊2日のキャンプに向かうことになった。そう決まるとまずは訪れる土地のオーナーに許可を取らなければならない。その人物を探して広いコミュニティ内を車であっちへ行ったり、こっちへ行ったり・・。かれこれ5軒ほど訪ねただろうか、ようやく目的の人物を見つけ出し無事許可を取ることができた。前日の滞在許可の件も含め、「彼らの土地では何をするにもまずは許可が必要なのだ」ということを実感した。

それから僕たちはコミュニティを意気揚々と飛び出した。リチャードからこの地域のことをいろいろと聞きながらフラットなダートロードを駆け抜ける。途中、車は大きな道から小さな枝道に入り、そこからさらにケモノ道のような細い道へと入っていく。

周りはすでに一面のブッシュで、木の枝が車に当たりそうだ。よく観察するとこの周辺のブッシュの植生はなんとなく特別な感じがする。
路上に溢れる川を車から眺める。

Wadeyeまでの道の途中にあった川。4WDの出番だ。

背の高いユーカリの木と背の低いシダや椰子などの植物がそれぞれ違う風景を作り出し、まるで二つの森が存在するかのようだった。これまでWugullarrやYirrkala、Belyuenなど多くのブッシュを見てきたがこの地域のブッシュは緑が濃く、瑞々しい感じがする。

途中小さな川を何本か渡り、走り続けるとパッと森が開け空がすぐそばにあるように見える高台のような場所にでた。その中心には無線だろうか、錆びたアンテナが立った住居風の廃屋がひっそりと佇んでいる。僕たちはその廃屋のそばに車を止めると、海を見るために我先にと崖のそばまで駆け寄った。

「すっ、すごい・・」

そこから見渡した景色の素晴らしさに僕は一瞬息を呑んだ。

どこまで続いているのかわからないほど遠くまで広がる遠浅の海。その砂の上には水が引くときに残した見事な模様が一面に広がり、太陽の光を受けて輝いている。海岸側には海を受け止めるようにして広がる鬱蒼とした緑のマングローブの森。

夕日とビーチ

太陽の光を受けて輝く遠浅の海はどこまでも続いていた。

その風景をじっと見つめる僕たちにリチャードが説明を加えてくれた。
「あそこは・・クロコダイルの・・住処なんだ・・」

彼に促され色鮮やかなオーカーの崖を砂浜のほうへ降りていく。最後まで崖をおりてから振り返るとその場所がなぜレッド・クリフと呼ばれているかがわかった。砂浜に沿うようにして続く切り立った崖が赤かったのだ。小さな貝殻が作り出した砂浜の白、崖の鮮やかな赤と黄土色、その上に細いラインのように続くブッシュの緑、そして空のコントラストがまた美しかった。

リチャードと一緒に海岸を歩いていくと途中さまざまな大きさの石が弧を書くように続く場所があった。僕たちが別になにも考えずその場所を通り過ぎようとするとリチャードがその石のストーリーを話してくれた。

「これは・・アンセストラル・ピープル(先祖の英雄)が魚を捕らえるために作った・・罠なんだ・・」

不思議なもので彼がそう話をしてくれると、さっきまで海岸にポツンポツンと石が並んでいるだけとしか思わなかった場所が生き生きと輝き始めたような気がした。

「あの崖の中腹に石があるのがみえるかい?あれは・・・」
「あそこに木が見えるだろう。あの木は・・・」

あらゆる物事にストーリーがあるという事はなんて豊かなことなのだろう。これは僕の主観だけれど、彼らはその土地のストーリーを語り継ぐことで大切な場所を守っているのだと思った。もしそのストーリーを語り継ぐ人がいなくなればその場所は輝きを失い、忘れられたり破壊されたりするだろう。彼の話を聞きながら、これから先もリチャードのようにその土地のストーリーを語り継ぐ若者が増えていくことを願った。

そのあとも僕たちはその海岸で貝を拾ったり、オーカーを集めたりしながらまるで子供に戻ったかのように楽しい時間を過ごした。

「じゃあ・・そろそろ・・お昼にしようか・・」

気づけば腹時計もお昼が近いことを正確に告げている。リチャードのこの提案に僕は間髪いれず賛成したのだった。
Shinny Tiny Shell

この小さな貝殻が無数に集まり砂浜を白く輝かせていた。