ヤス(カラキ ヤスオ)|在豪イダキ奏者
ブラブラ日記 -Merrepen Art Festival編 6.「救援」-

【闇を切り裂いた光の帯】

遥か彼方の地平線に大きな太陽がゆっくりと沈んでいき、あたりがすっかり闇に包まれたころ、僕らは道路脇に作った小さな焚き火であの赤い植物をジリジリと炙っていた。これをなんとかおいしく食べられないものだろうか?と考えてみたものの、道具は何一つないわけで、結局焚き火で炙るという方法しか実行できなかった。

なにせ大量に食べたために味に飽きてきてしまったのだ。 しかもかなりすっぱいので口の中がヒリヒリとし始めている。すこし炙ると甘みが増し、酸味が薄れるので食べやすくなった。すこしの間、この発見に興奮したけれど(今考えれば興奮するほどのことでもないが)それも程度の問題で、枝2本分ほど食べたらまた飽きてしまった

たき火

焚き火の炎を見つめているとなぜか心が落ち着 写真はMandorahの港で釣った魚を焼いているところ

僕らはすることもなくじっと炎を眺めていた。 アウトバックの暗闇は本当に濃く静かだ。張り詰めるような静寂のなかにパチパチと音をたてて燃える焚き火が心を落ち着かせてくれる。

ゆらゆらと揺れる炎を見つめながら遠い昔に思いをはせてみる。数万年前の人々も広大なブッシュの暗闇のどこかで同じように揺れる炎を眺めていたのだろうか・・。

「Yidaki、吹こうか・・」
「そうですね・・」

そう、僕らにはYidakiがあった。こんなに心づよいことはないじゃないか。 やったことのある人ならわかると思うのだが、焚き火のまわりで吹くYidakiはなぜか特別な感じがする。なぜだかわからないのだけれど、とにかく「合う」のだ。 焚き火の炎とアウトバックの暗闇、そしてYidakiの音が渾然一体となって不思議な空間を作り上げていき、僕らはいつしかトラブルのことを忘れそうになっていた。

そのとき遥か彼方の水平線から、暗闇を引き裂くように明るい光の帯が現れた。 その光は一気にこちらのほうに近づいてくる。

キィーーーーンンンン、フウーーーン。

まるで新幹線が風を切るような音をたてながら現れたのは、一台の派手なピックアップトラック(後部が荷台になっている車)だった。ガチャ、バタン。扉が閉まる音の後、聞き覚えのある声がした。

「出口さああーん、ユウジーー、大丈夫ですかああ」
「のっ、のりくん!のりくんっ!!」
「遠くから焚き火の炎が見えたので出口さんたちだってすぐわかりましたよおお」

まさかのりくんが今日中に助けに来てくれるなんて!僕らは再会を心から喜び合った。 時間的にはそんなに経っていないのにのりくんの声がなぜかとても懐かしい気がする。

「こんなに早く助けに来てくれるとは思ってなかったよ!」
「本当に、本当に大変だったんです!でも早く戻らなきゃと思って必死でしたよ! 詳しくは後で話しますけど、彼が助けてくれたんです」

車の運転席から降りてきたのはガッシリとした体格の、いかにもオージー(オーストラリア人)らしいおっちゃんだった。彼はほとんど何も言わず、慣れた手つきでテキパキと車のチェックをしていく。そして車の荷台からロープを取り出すと手際よく車に取り付けた。

「オーケー。準備は整った。このなかで運転が一番うまいのは誰だ?」

彼のその問いかけに僕らは3人はすこし協議したあと、最終的に僕が手を上げた。

「おまえか?名前は?」
「ハル(僕は向こうではそう呼ばれていた)」
「オーケー、ハル。ここからは重要だからよく聞くんだ・・」

彼は次の町アデレードリバーまで100km、この暗闇のアウトバックを牽引して帰ることを僕たちに告げた。一通り手順を説明した後、彼は真剣な表情でこう言った。

「いいかハル、ロープをよく見ろ。ブレーキを調整して絶対にたるませるな。これは重要だ。もしたるませればそのあと・・」

ボンッ、と彼は手のひらとこぶしを合わせるジェスチャーをした。つまりクラッシュ。ロープが切れるだけならまだいいが、その衝撃でクラッシュすれば致命的なことになりかねない。僕はオーケーと深くうなずいた。この時はまだその難しさに気づいてはいなかったのだが・・。

「ところでハル、お前眼はいいのか?ロープがしっかり見えなきゃだめだ」

僕は眼があまりよくないことを告げると彼はすこし考えた後、眼のいいのりくんに助手席に座るように指示した。

「いいか、二人で協力してよく見るんだ。絶対にロープをたるますなよ。よし出発だ!」

こうして僕らはラッキーなことにその日中に救援されることになった。ただここからまた新たな試練が待ち構えていたのだが・・。