ヤス(カラキ ヤスオ)|在豪イダキ奏者
ブラブラ日記 2 -Garma Festivalとは?-

ブラブラ日記を読んでくれている人たちはすでに知っている事とは思うが、僕たちが参加する「Garma Festival」について少し説明しておこう。

「Garma Festival」は、世界的に有名なアボリジナル・ロックバンドYothu Yindiの成功により設立された「Yothu Yindi Foundation」が中心となり開催されるアボリジナル主催としては最大規模のフェスティバルだ。毎年8月に北東アーネム・ランド、Yirrkalaコミュニティから数十キロ離れたGulkulaという場所で開催されている。現地にたどり着くまでの道はダートロード。会場もブッシュを切り開く形で作られている。

2004年のGarmaフェスティバルで配られた冊子を参考に、Gulkulaという土地についてすこし説明すると

「ストリンギー・バーク(Yidakiにもよく使われているユーカリの一種)の森に囲まれたGulkulaという土地は、Yolnguの人々にとってとても大切な意味を持つ場所であり、伝統的には葬儀のセレモニーを行う場所として使われていた」

ということだ。メイン会場の中心には大きなログ・コフィン(死者の骨を入れるポール)が立っており、ここに集まったYolnguの人たちは自分達の祖先の神々を讃えるためにこの場所で唄や踊りを披露するのだという。このような類のセレモニーは、本来外部の人々が見れるものではなかったのだろうけれど、これをフェスティバルという形で外部に開放・公開することでアボリジナルの文化をより知ってもらおうというのがこのフェスティバルの趣旨なのだろう。

Yidakiヘッズにとって興味深いのは「Gumatj言語グループの祖先であるGanbulabulaが、Gumatjの人々にYidakiをもたらしたのがGulkulaという場所である」と語られていることだろう。実は去年までフェスティバルのメイン会場の一番奥にこのGanbulabulaの巨大な像がドッシリと立っていたのだが、今年はなくなっておりログコフィン2本に変わっていた。不思議に思った僕がMomo(おばあちゃん)に尋ねてみると、

「あ〜、Ganbulabulaは雨で足が腐っちゃってねえ、倒れちまったんだよ。最後は銃で撃たれたりしてたよ。あんたの祖先なのにねえ(笑)」

と説明してくれた。Gumatj言語グループに養子縁組されている僕としては「なにも笑いながら話さなくても・・」と、ちょっと切ない気持ちになった。

このフェスティバルは4日間(一部の人たちには5日間)にわたって開催され、朝から陽が沈むまでさまざまなイベントや研究発表が催されている。世界的に有名なフェスティバルということもあり、アボリジナルの文化・音楽に興味を抱く人々が世界各国から訪れ、期間中はブッシュの中がまるでオリンピックのキャンプ村のような状態になる。参加者のジャンルも、研究者や学者、報道関係者、学生、旅行者、Yidakiフリーク、アーティストなど多種多様。Garma側も彼らの要求に対応するためにいくつかのカテゴリーを用意しており、主に研究発表やフォーラムなどに参加できる「Key Forum」、DjaluやMilkayが中心になってYidakiについて学ぶ「Yidaki Master Class」、女性を対象にして女性の仕事や役割、ダンスなどについて学ぶ「Cultural Tourism - Women's Program」などがある。

そしてなによりこのフェスティバルを特別な存在にしているのが、アーネム・ランドの各地から集まる、さまざまな言語グループのアボリジナルの人たちだ。その規模は他のフェスティバルとは一線を画している。そして2004年のブングル(儀礼を意味するヨォルング語)で一番すごかったのがGarmaフェスティバル史上初めて参加したGupapuyung言語グループの人たちだった。

実はGumatjの祖先「Ganbulabula」とGupapuyunguの祖先「Murayana」がこのGulkulaで出会ったという伝説が語られており、この年のGarmaはその伝説とクロスオーバーする形になったため、例年にも増してド迫力のブングルが行われた。Gupapuyunguの人たちは大人から子供、女性まで合わせて総勢100人はいただろうか。それだけでも迫力があった。しかしそれだけではなく図書館のビデオの中でしか見たことがないようなオブジェが使われたり、Gumatjの神聖なYidakiとGupapuyunguの神聖なYidakiの交換が行われたり、ログコフィンを取り囲むように座っていた女性グループが突然大声をあげながら泣き崩れたりと、そのとき参加していた僕とのりくんはあまりの迫力に言葉を失い呆然と立ち尽くしていたのを覚えている。その内容の濃さを証明するように、日本人としては一番多くGarmaに参加しているディンカム・オージー倶楽部の上野さんでさえ「こんなGarmaは初めてだ・・」と言っていたほどだった。今年(2005年)も前年ほどの大人数ではないもののGupapuyunguの人々も来ていると聞いていたので期待も膨らんでいた。

今回のブラブラ日記では、フェスティバルの全体をお伝えすることはできないので、期間中に起こったさまざまな出会いや出来事をショート・ストーリーという形で紹介しようと思う。これらの短い物語を読み進めていく中でフェスティバルの空気感のようなものが伝わればいいなあと思っている。

さあ今回のGarmaフェスティバルはどんなことが起こるのだろうか・・。